翻訳|smog
スモークsmoke(煙)とフォッグfog(霧)との合成語。デ・ボーH.A.Des Voeuxによって作られ,1905年イギリスで初めて公に使われた。第2次世界大戦後からよく使われるようになり,日本でも55年ころに新聞紙上で使われ始めた。学問的な定義はなく,狭義にはばい煙で汚れた霧を意味し,後に述べるロンドン事件を象徴することばであった。近年は,気象上の視程が減るという大気汚染の状態を指すことばとして広義に使われ,とくに光化学スモッグを指す場合が多い。
狭義のスモッグは,とくに冬期に地上数百mまでの低層の大気中で逆転層が発生し,風速が顕著に弱まり,霧が発生したときに,工場や家庭から排出された有害ガスやばい煙が逆転層内に滞留して起こる現象で,この型のスモッグをロンドン型スモッグということもある。スモッグ時には太陽光の減少による視程の減少が起こる。これは粒子状物質による光の散乱とガス状物質による光の吸収によるものである。一方,光化学スモッグの生成機構は,A.J.ハーゲンシュミットとロサンゼルス大気汚染管理局技術者との1951年から10年をかけた共同研究によって,全容がほぼ明らかにされた。反応の基本は,自動車や工場による石油の消費に伴って排出される二酸化窒素や炭化水素が,3600~4000Å範囲の太陽光を吸収して解離し,酸素原子を発生させることで,この型のスモッグをロサンゼルス型スモッグという。現在でもより詳しい現象解明のため,スモッグチェンバーを使った実験研究が世界的に進められている。
広義,狭義,いずれの場合にも,スモッグは急性被害との関連で注目を集める大気汚染現象であり,過去において以下のような大きな被害を引き起こしている。
ベルギーの古都リエージュからミューズ(ムーズ)川上流に沿った約24kmをミューズ渓谷という。両岸は高さ約90mの丘が続き,斜面には住宅が密集し,河岸には鉄,亜鉛,金属,ガラス,硫酸工場がある。12月1日からこの谷間に逆転層が発達し5日まで続いた。工場排煙が谷間に閉じ込められ,しだいに濃くなり,スモッグが発生した。3日目には,目,のどの刺激,胸の痛み,咳,呼吸困難を訴える急性呼吸器病の患者が出,家畜や植物にも被害が及び始めた。4日と5日には63人が死亡,病人数は数百人にのぼった。事件後の調査では,亜硫酸ガス,硫酸,フッ化物,粉塵などの相乗作用による被害であると推定された。
アメリカのペンシルベニア州ドノラは,モノンガヒラ川に沿って約100mの山に囲まれた渓谷にある製鉄と亜鉛製錬の町で,当時の人口は1万3800人であった。10月26日朝からの霧は31日まで続き,29日の夜から目,鼻,のどの刺激,咳,胸痛,嘔吐などの症状を訴える患者が続出,最終的な罹患者5910人,重症1440人,死亡20人に達した。連邦政府の調査により,スモッグは亜硫酸ガス,硫酸,無機硫酸塩などの複合であると推定された。
テムズ川の広い渓谷に逆転層が発達し,一寸先も見えない霧が発生した。川に落ちる人や道路以外を走る自動車がでた。3~4日たち,呼吸困難,チアノーゼ,発熱,心臓疾患を訴える急性患者が病院に殺到した。政府はヒュー・ビーバーHugh Beaver 卿を委員長とする調査委員会を作り,ビーバー委員会はこの事件による過剰死亡者を3500~4000人と推定した。この事件は死亡者の多さで歴史に残ったが,ロンドンでのスモッグによる死亡者の増加は19世紀後半から記録されている。イギリスの大気汚染は,石炭が使用されだした12~13世紀からあり,1343年にはばい煙に対する法規が出されている。蒸気機関の出現と産業革命により19世紀に入って大気汚染は激化し,ばい煙法(1853,56),アルカリ工場法(1863)が制定された。ロンドン事件後の1956年に大気清浄法ができ,石炭黒煙を排出する家庭ばい煙が規制されだした。スモッグ事件は56年,57年,62年と引き続いたが,被害は徐々に減少し,72年以降スモッグでの過剰死亡は確認されていない。
1970年7月18日早朝,無風の東京を厚い霧が覆った。昼になるにつれ霧は晴れたが視程は2km以下で,市民は目に異常を覚え,午後1時すぎ杉並区の高校生45名が目,のどの刺激,呼吸困難を訴えて入院した。この光化学スモッグで都下13区12市6000人が被害を受けた。オキシダント濃度は最高0.34ppmに達していた。一方,大阪では翌年8月末から9月初旬にかけて堺市と高石市で人体被害がでた。これらの事件を契機に光化学スモッグが社会問題化し,被害は全国に拡大した。これらはいずれも1940年代から注目されたオキシダントを中心汚染物質とするロサンゼルス型スモッグである。
→公害 →大気汚染
執筆者:塚谷 恒雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
煙(smoke)と霧(fog)の合成語で、両者が混在している状態。初めイギリスで使われ、1962年(昭和37)12月ごろから日本でもラジオやテレビで盛んに使われ始めたことばである。
最近では、霧の存在とは関係なく、大気汚染の濃度の高い場合によく用いられる。光化学スモッグはその例である。産業用および暖房用などの燃料が石炭から石油系にかわり、それに伴って大気中に放出される汚染物質も、石炭の場合の硫黄(いおう)酸化物から、石油の場合の窒素酸化物、一酸化炭素、炭化水素などにかわってきた。石炭を暖房用の燃料に用いていたころのロンドンのスモッグは、その煙と霧との混ざったもので、よく「黒いスモッグ」とよばれている。これに反してアメリカのロサンゼルスでは自動車の排ガスによって大気汚染が高くなり、これが太陽光線に含まれる紫外線によって光化学変化をおこして光化学スモッグとなる現象がおこった。これを黒いスモッグに対して「白いスモッグ」ともいう。ロンドンのスモッグでいままでにいちばんひどかったのは1952年12月4日濃霧とともに発生したもので、これは12月8日まで続き、スモッグの中で約4000人の死者が出たといわれている。おもな死因は気管支炎、気管支肺炎、心臓病で、高齢者の犠牲が多かった。このときの亜硫酸ガスの最高濃度は1.34ppmであった。これに対しロサンゼルスの光化学スモッグは晴天の続く夏の日中に多く発生する。多少視界が悪くなるが霧の場合ほどではない。しかし日中に目が痛んだりする。日本の光化学スモッグは1970年(昭和45)7月に東京で初めて発生した。これはロサンゼルスの場合と同様に石油系燃料の使用によって生じた光化学スモッグである。
一般にスモッグは、燃料から放出されたガスが大気の上空に逃げないで、地上付近の数百メートルくらいの範囲に閉じ込められたときにおこる。このようなときには風も弱いのが普通で、他所に吹き流されてしまうこともない。光化学スモッグはそのうえに日射があることが条件で、このような気象条件は春、夏、秋の季節に日本が高気圧に覆われたときに生じる。気象庁ではこのような気象条件をあらかじめ詳しく調査しておき、その日の気象状態を解析して「スモッグ気象情報」を発表している。この場合のスモッグは高濃度の大気汚染または光化学スモッグである。この情報は各地方の行政機関へ通知され、一般にもラジオやテレビ、新聞などで発表する。各地方の担当者はこの情報や汚染測定点の測定値に基づいて大気汚染、光化学スモッグの予報、注意報、警報などを発令して、汚染物質を排出している事業者や一般に伝達する仕組みになっている。
なお、スモッグに似たことばにスメイズsmazeがあるが、これは煙(smoke)と煙霧(haze)の合成語で、霧を含まない薄い煙の状態をさしていう。
[大田正次]
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煙(smoke)と霧(fog)の合成語.工場や自動車など,化石燃料の燃焼に伴い排出される硫黄酸化物,窒素酸化物,ばいじんが原因で発生する煙霧をいう.石油系,とくに自動車などから排出される窒素酸化物やオキシダントが原因となるロサンゼルス型スモッグと,石炭系から排出される硫黄酸化物やばいじんが原因となるロンドン型スモッグが知られている.[別用語参照]光化学スモッグ
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…(d)過冷却霧 単に過冷却水滴からなる霧。(e)スモッグsmog 煙smokeと霧fogの混ざったもの。乾いた微細な粒子が大気中に浮遊して大気が白く濁ってみえる現象をヘーズhaze(煙霧ともいう)といい,煙とヘーズの混ざったものをスメーズsmazeという。…
…ロサンゼルスの光化学スモッグを指すのに,スモッグということばは不適当であるとして作られた合成語。 スモッグsmog煙smokeと霧fogとの合成語で,ばい煙でよごれた霧という程度の意があるが,気象学的なはっきりした定義はない。石炭系のばい煙でよごれた霧をロンドン型スモッグ,自動車や石油系のばい煙でよごれた大気汚染をロサンゼルス型スモッグあるいは光化学スモッグという。…
…このようなときもし湿度が上がると濃い霧が発生する。これをスモッグという。暖房や工業用に石炭をたいていたころのロンドンのスモッグは有名で,呼吸器疾患による多数の死者を出した。…
…(d)過冷却霧 単に過冷却水滴からなる霧。(e)スモッグsmog 煙smokeと霧fogの混ざったもの。乾いた微細な粒子が大気中に浮遊して大気が白く濁ってみえる現象をヘーズhaze(煙霧ともいう)といい,煙とヘーズの混ざったものをスメーズsmazeという。…
…大都会や工場地帯で多量の燃料の不完全燃焼によるばい煙や塵埃(じんあい)の粒子が凝結核となって霧を生じる。これをスモッグという。歴史的にロンドン・スモッグが有名で,これは石炭の燃焼で生じるばい煙と硫黄酸化物が中心となって生じる黒い濃霧で,1952年12月には4000人以上の死者を出した。…
…石炭,ガス,鉄鋼,化学などの産業が成長する一方,家庭の石炭消費量も急増し,都市はばい煙でおおわれることになった。イギリスは〈アルカリ工場法〉などによってもっとも早く大気汚染規制に取り組んだ国であるが,公害の激化は対策をはるかに上回り,1952年にはスモッグの発生に伴って大量の死者を出したロンドン事件が起こっている。ヨーロッパやアメリカでも,急性の死者をだしたミューズやドノラの事件が有名である(スモッグ)。…
※「スモッグ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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