公示の原則(読み)こうじのげんそく(その他表記)Grundsatz der Offenkundigkeit[ドイツ]

改訂新版 世界大百科事典 「公示の原則」の意味・わかりやすい解説

公示の原則 (こうじのげんそく)
Grundsatz der Offenkundigkeit[ドイツ]

物権(所有権,地上権抵当権など)は債権と違い,排他性,すなわち同一物の上に同内容の物権は併存しえないという性質をもっている。したがって,たとえばAが自己所有の土地をBに譲渡した場合には,Bがその土地に所有権を取得し,Cが重ねて同地上に所有権を取得することは許されない。だが譲渡当事者であるA,B以外の第三者Cにとってみれば,土地がAからBに譲渡されたという事実を知らない場合がむしろ普通であろう。とくにAがその土地をBから借りて使用している場合とか,Bに無断で使用している場合はなおさらである。そこでBへの譲渡の事実を知らないCが,Aをいぜん所有者と思い,この者と契約を結んで土地を買ったとしても,おそらく所有者Bから立退きを要求され,Cは大きな不利益をこうむることになろう。このように物権は排他性を有し,物権取得者に目的物の独占的支配を認める強力な権利であるから,第三者に無用の損害を与えないためにも,物権変動があったときには,その事実を外部からわかるようになんらかの方法で示しておくことが必要となる。この要請をみたすための原則を〈公示の原則〉という。

 公示の原則が採用されると,物権変動を公示するための具体的手段,つまり公示方法が案出されなければならない。そのもっとも適当な方法は,国家の管理する公簿に物権変動の事実を記載し,だれもが自由にそれを閲覧できるような状態にすることであり,この要請にこたえて生み出されたのが登記である。なお登記がされる公の帳簿登記簿土地登記簿建物登記簿等がある)である。日本では,この登記を不動産物権変動の公示方法として使用しているが,動産物権変動のそれとしては使用していない。それは動産の種類があまりにも多く,また容易に形を変ずるものが少なくないなどの理由により,公簿に記載することが技術的に困難だからである。そのため動産の物権変動においてはやむをえず次善の策として,引渡しを公示方法としている。なお〈公信の原則〉の項を参照されたい。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「公示の原則」の意味・わかりやすい解説

公示の原則
こうじのげんそく

権利関係の変動を外形的手段で外部に認識しうるように示すという原則をいう。とくに不動産の所有権の移転や抵当権の設定のような物権の変動は、物権が物の支配を内容とする強力な権利であり、しかも取引の前提となる権利であるから、これを公示すべきものとされ、民法は、不動産登記法の定めるところにより、これを登記しないと第三者に対抗することができないとしている(民法177条)。すなわち、公示の方法として登記を対抗要件とするにとどめるので、物権の変動の当事者間では登記をしなくても物権変動の効果は生じるが、登記をしないとこれを第三者に主張することができないとする。公示の原則を徹底して登記を効力要件とし、登記をしなければ物権変動の効果が生じないとする外国の立法もある。動産の物権変動については、引渡しが対抗要件とされる(民法178条)。この引渡しは緩やかに解され、たとえば動産の買い主が目的物を売り主に預けておくという占有改定(民法183条)をしたときでも、買い主は引渡しを受けたとして、第三者に対し、動産の所有権の主張をすることができる。公示の原則は、ほかに、指名債権の譲渡(民法467条)、婚姻の届出(民法739条)、会社の設立の登記(会社法49条)、手形上の権利の移転(手形法11条・13条)、特許権移転の登録(特許法98条)などの場合に認められており、重要な権利関係の変動をそれぞれの場合に特有の方法で公示すべきものとされている。

[川井 健]

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百科事典マイペディア 「公示の原則」の意味・わかりやすい解説

公示の原則【こうじのげんそく】

排他的な権利の変動は,占有・登記・登録など他人から認識され得る表象(公示方法)を備えなければ,完全な効力を生じないとする法律上の原則。取引の安全を保障するために特に物権変動に関して問題となり,その公示方法は,不動産については登記動産については引渡し(占有)である。登記や引渡しと物権変動との関係には,登記や引渡しを物権変動の成立要件とするもの(ドイツ法など)と,当事者間の意思表示だけで一応物権変動は生ずるが,登記や引渡しをもって第三者に対する対抗要件とするもの(フランス法,日本の民法など)との二つの型がある。
→関連項目公示

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「公示の原則」の意味・わかりやすい解説

公示の原則
こうじのげんそく

一定の法律関係や事実関係の存否については,常に外部から認識しうるなんらかの外形(公示),たとえば登記,登録,占有などを伴うことを必要とし,もしこれを欠くときは,このような法律関係や事実関係の存否を第三者に対して主張できないとする原則。すなわち,実体的には権利があるにもかかわらず,公示がないために,その権利の存在は否定される。公示の不存在(欠缺〈けんけつ〉)の効果として,このような法律関係ないし事実関係の存立がすべて否定される場合と,当事者間では有効に存立するものとして取り扱われるが,第三者に対する関係では存立が否定されうる場合とがある。前者の場合に,公示は,法律関係ないし事実関係の成立ないし有効要件となり,後者の場合は対抗要件となるといわれる。たとえば,会社設立登記は会社設立の成立要件であり(会社法49),不動産移転登記(→不動産登記)は権利移転の対抗要件である(民法177)。

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世界大百科事典(旧版)内の公示の原則の言及

【登記】より

… ところで,この実質的権利が伴っていない登記を信頼して取引をした者がある場合に,この者をどのように取り扱うかが問題となる。 一つの考え方は,たとえ当該登記を信頼したとしても,この登記に対応する実質的権利は存在せず,登記は単なる対抗要件であり,物権変動を第三者に公示する作用を有するにすぎないから,当該法律関係に基づく権利を取得することはできないとするものであり,公示の原則と呼ばれるものである。しかし,登記を信頼して取引をしたところ,これが実質的権利を伴わないものであった場合に,これを基点として権利を取得することを目的とする法律行為をしてもその法律行為はすべて無効であるとすれば,取引の安全・円滑を著しく害することとなる。…

※「公示の原則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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