出替(わ)り/出代(わ)り(読み)デガワリ

デジタル大辞泉の解説

で‐がわり〔‐がはり〕【出替(わ)り/出代(わ)り】

《「でかわり」とも》
前の人が出たあとにかわってはいること。入れ替わり。「―の激しい下宿」
奉公人が契約期間を終えて入れ替わること。多年季・一年季・半年季などがあり、地域ごとに期日を定めた例が多い。
「年末の―の季節になれば」〈長塚

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世界大百科事典 第2版の解説

でかわり【出替り】

半季奉公および年切奉公の雇人が交替あるいは契約を更改する日をいう。この切替えの期日は地方によって異なるが,半季奉公の場合2月2日と8月2日を当てるところが多い。ただし京坂の商家では元禄(1688‐1704)以前からすでに3月と9月の両5日であった。2月,8月の江戸でも1668年(寛文8)幕府の命により3月,9月に改められたが,以後も出稼人の農事のつごうを考慮したためか2月,8月も長く並存して行われた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

出替り
でがわり

出替り奉公人の略で、短期雇いの奉公人のこと。譜代(ふだい)奉公や年季(年切(ねんきり))奉公が1年ないしそれ以上にわたるのに対し、半年または長くも1年を奉公期間とし、これを半季居(ずえ)・一季居奉公と称した。武家奉公や町屋の丁稚(でっち)奉公は、代々勤める譜代・子飼(こがい)や長年季奉公が主であったが、富農・商家において雑役に従事する下男や下女は、出替りが多かった。近世後期には武家奉公ですら出替りが増え、しだいに若党(わかとう)、中間(ちゅうげん)、小者(こもの)、草履取(ぞうりとり)らに及んだ。
 その原因は、各地に商品生産の加工業者が増え、雇用労働を多く必要とするようになったこと、一方、季節労働を含めて農村から都市や手工業生産地への出稼ぎが増大したことなどによる。すなわち、出替りの一般化は、近世における商品生産の展開、手工業の発達に伴うものであったといえる。新旧の奉公人が交替する出替り時節は、初め2月、江戸の明暦(めいれき)大火(1657)後は3月5日とされていた。[北原 進]

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世界大百科事典内の出替(わ)り/出代(わ)りの言及

【周旋屋】より

…近世初期以降,都市の発展にともなって出現したもので,とくに江戸に流入する多数の出稼ぎ奉公人に対し,その身元保証,雇入先の斡旋,そして,就職先がきまるまでの宿泊を行う必要があったことから必然的に発生したものと思われる。こうした周旋屋が扱ったのは,おもに武家の下級奉公人である中間(ちゆうげん)や若党(わかとう),一般町家の下男,下女など,1年あるいは半年契約の出替り(でがわり)奉公人であり,芸妓,娼妓などについては,関東で〈女衒(ぜげん)〉と呼んだ専門の周旋人が手がけることが多かった。また,土木工事などに必要な大量労働力の供給は,〈人入れ稼業〉と称して町奴(まちやつこ)が行った。…

【二日灸】より

…旧暦のこの時期は春の農事と秋の収穫を前にして体調を整えておく必要のあるころではあったが,なぜこれらの日が特定されたかは不明である。島根県隠岐の西ノ島町赤ノ江では,肩の真ん中のチツケという場所に点灸し,かつてはこのときヤイトボコリといって若い衆が鏡餅を持ち寄って共同飲食したというが,灸すえ日を若い者の寄合とか奉公人の出替りの日にしたり,村休みにしていた所は多い。この日の点灸は,個人の健康状態や好みを越えた一種の共同慣行であったのである。…

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