改訂新版 世界大百科事典 「利益衡量」の意味・わかりやすい解説
利益衡量 (りえきこうりょう)
Interessenabwägung[ドイツ]
法律学上の用語。裁判ないし法の解釈にあたって,現実に対立している諸利益を探究し,比較衡量していずれをとるかを決すること。今日では,概念法学(法規をそれ自体として完結的かつ欠缺(けんけつ)のないものと想定し,したがって,法規上の概念を抽象的・論理的に操作するだけで,すべての問題について具体的に妥当な判断を引き出すことができると考える立場)を信奉する者はほとんどいない。それは,現実には,必ずしもすべての結論が法規の条文から一義的に引き出せるとはいえないことが一般的に認識されるようになったからである。つまり,第1に,法律も人間のつくるものである以上,はじめから必ずしも完全なものではありえないし,また,法規は,その性質上ある程度一般的・抽象的な表現形式をとらざるをえない。第2に,法規はいったん制定されると,そのまま固定化するが,他方,社会はそれを超えて進展し,変化していく。こうして,法規と社会との間にギャップが生ずるのである。第1との関連では,その法律に内在的な諸利益の価値体系を探求し,さらに具体的妥当性をも配慮して,法規の欠缺を補充し,あるいは法規を具体化する解釈作業が要請されるし,とりわけ,第2との関連では,法の解釈はたんなる法規の認識作業ではなく,解釈者の志向する方向での一種の法創造的活動であることが自覚されてくるのである。
ところで,民法,商法など私法の領域では,紛争は対等な私人間の私的利益相互の衝突である。したがって,裁判ないしその基準となる法の解釈にあたっては,まず,どのような諸利益が対立しているかを探求し,ついで,ある解決のための一定の基準の設定がどの利益を保護し,どの利益を無視することになるのかを測定し,そして解釈者の価値判断で諸利益を比較検討して,いずれを選択するかを決する作業を行うことになる。その際の価値判断は,法律にとらわれない常識的なものか,あるいは法規に内在する価値体系を配慮した法律的なものかについては争いがあるが,いずれにせよ,以上のような操作の方法を,利益衡量という。そのうえで,こうして得られた結論に,法規ないし法律的な構成で理由づけをするのである。
なお,公法である行政法の分野でも,そのもつ権力性・公益性などの要請は必ずしも行政法関係への信義則(信義誠実の原則)や禁反言(エストッペル)の法理の適用を妨げるものではないとして,行政作用に対する国民の信頼の保護などが主張されてきているが,これも一種の利益衡量にほかならない。
→利益法学
執筆者:好美 清光
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報