改訂新版 世界大百科事典 「動物社会学」の意味・わかりやすい解説
動物社会学 (どうぶつしゃかいがく)
animal sociology
動物の社会的関係を明らかにする生物学の一部門。動物の社会について最初のまとまった書物を著したのはエスピナA.V.Espinas(1844-1922)で,《動物の社会》は1878年に出版されている。しかし19世紀末から20世紀初頭にかけての科学主義・客観主義的な風潮のために,動物の社会を認めることは擬人的であるとの批判がおこり,約半世紀は沈黙の時代が続いた。欧米における動物社会の概念の定着には,ファーブルなどで代表されるナチュラル・ヒストリーの伝統と蓄積に加え,シェルデルプ・エッベT.Schjelderup-Ebbe(1871-1945)によるニワトリのつつきの順位についての研究,ホイーラーW.M.Wheeler(1865-1937)らの社会性昆虫の研究,ハワードH.E.Howard(1873-1940)らの鳥のなわばりの研究などを,動物社会についての先駆的な研究としてあげておく必要がある。また,W.ケーラーやカッツD.Katzなどの動物心理学の影響があったことも忘れてはならないだろう。これらの研究とほぼ時期を同じくして,ディーゲナーP.Deegenerの《動物社会の形態と分類》,およぴアルファーデスF.Alverdes(1889-1952)の《動物社会学》が刊行されている。しかし,その後の行動学の勃興に伴って,欧米における動物社会学は広義の行動の科学の中に埋没し,その主体性を喪失したといっても過言ではない。それは行動学が個体の行動の生物学的理解に終始し,そこでは社会はあくまでもその環境要因の一つでしかなかったことによる。一方,日本では,今西錦司のすみわけの原理(《生物社会の論理》1949)に端を発し,今日の霊長類社会学に至る独自の展開が見られたといってよい。今西は種社会speciaを,一つの種のすべてのメンバーを含み,それ自体が主体性をもち,生物全体社会holospeciaを構成する要素であるとしている。生物学的種の社会的側面を究明しようとして結局は行動の生理学的基盤の理解に終始した西ヨーロッパの流れと,今西が設定した社会学の相違はこの点にある。それは,日本のとくに霊長類を対象とした研究者がとった研究方法に如実に現れている。彼らは,個体識別に基づく長期調査を続けてきた。個体識別は,種社会を構成する各個体を彼らの血縁の上に位置づけようという試みであり,それをよりどころとしての種社会の解析には10年あるいは20年という年数を必要としたのである。
→社会生物学
執筆者:伊谷 純一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報