小説家。本名斎藤宗吉。昭和2年5月1日、東京に生まれる。歌人斎藤茂吉の次男。旧制松本高校を経て東北大学医学部に進学、精神科専攻。1952年(昭和27)卒業。在学中に書いた『百蛾譜(ひゃくがふ)』(1949)が『文芸首都』に載り、続いて『牧神の午後』(1951)などを発表、さらに幼少年期の追憶を幻想風に昇華した長編『幽霊』(1954)を刊行する。その後『岩尾根にて』『霊媒のいる町』(ともに1956)などの佳編で注目される。1960年、船医の体験を、ユーモラスな文体に生かした『どくとるマンボウ航海記』がベストセラーとなった。その後、『どくとるマンボウ昆虫記』(1961)、『同途中下車』(1967)、『同青春記』(1968)などを著し、この「どくとるマンボウ」シリーズで、多くの北杜夫ファンを獲得した。芥川(あくたがわ)賞を受けた『夜と霧の隅で』(1960)により地位を確立。また楡(にれ)病院を舞台に明治から昭和までの中流一家の歴史を描いた『楡家の人びと』(1964)で毎日出版文化賞を受賞。長編『白きたおやかな峰』(1966)、『酔いどれ船』(1972)のほか、『輝ける碧(あお)き空の下で』第1部、第2部(1982、1986。日本文学大賞)などの作品がある。また、父の斎藤茂吉の生涯を題材にした作品『青年茂吉』(1991)、『壮年茂吉』(1993)、『茂吉彷徨(ほうこう)』(1996)、『茂吉晩年』(1998)の四部作を刊行。これは、大仏(おさらぎ)次郎賞に輝いた。
[金子昌夫]
『『北杜夫全集』全15巻(1976~1977・新潮社)』▽『『どくとるマンボウ航海記』(中公文庫)』▽『『楡家の人びと』上下(新潮文庫)』▽『『輝ける碧き空の下で』第1~2部全4冊(新潮文庫)』▽『『青年茂吉』『壮年茂吉』『茂吉彷徨』『茂吉晩年』(岩波現代文庫)』▽『奥野健男著『北杜夫の文学世界』(中公文庫)』
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…53年70歳の生涯を閉じたが,17冊の歌集,多数の歌論・研究・随筆書を残した。医師で評論家の茂太は長男,作家の北杜夫は次男である。〈最上川逆白波(さかしらなみ)のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも〉(《白き山》)。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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