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南都六宗 なんとろくしゅう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

南都六宗
なんとろくしゅう

奈良時代に行われていた倶舎,成実,律,法相,三論,華厳の各仏教学派の総称。

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デジタル大辞泉の解説

なんと‐ろくしゅう【南都六宗】

奈良時代における仏教の代表的な六つの宗派。三論宗成実(じょうじつ)宗法相(ほっそう)宗倶舎(くしゃ)宗律宗華厳宗の六宗。後世の宗派と異なり、経論の研究学派としての性格をもつ。

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百科事典マイペディアの解説

南都六宗【なんとろくしゅう】

古京の六宗ともいい,六宗は〈りくしゅう〉ともよむ。奈良時代国家仏教で6派の公認された宗派。奈良付近の寺を中心に研学された。後世の宗派とは性格を異にし,宗は学僧の集団を意味する。
→関連項目奈良仏教八宗仏教

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世界大百科事典 第2版の解説

なんとろくしゅう【南都六宗】

奈良六宗ともいう。8世紀に官大寺などで研究されていた三論宗,成実(じようじつ)宗,法相(ほつそう)宗俱舎(くしや)宗華厳(けごん)宗律宗の六宗を指す。六宗の成立以前に華厳宗を除く五宗が成立していたことは,718年(養老2)10月の太政官符に〈五宗の学,三蔵の教〉とあることからもうかがわれ,藤原氏祖先の伝記である《家伝》(鎌足伝)も藤原鎌足が飛鳥元興(がんごう)寺に五宗の研究の費用を寄付したと伝えている。

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大辞林 第三版の解説

なんとろくしゅう【南都六宗】

奈良時代の六つの仏教宗派。三論・法相ほつそう・成実じようじつ・俱舎くしや・律・華厳けごん。平安以降に成立する諸派に比べて、信仰・教化よりも学問的研究を重視。六宗。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

南都六宗
なんとろくしゅう

奈良時代の六つの学派仏教。すなわち法相(ほっそう)宗、三論(さんろん)宗、倶舎(くしゃ)宗、成実(じょうじつ)宗、華厳(けごん)宗、律(りっ)宗の総称。これらは、唐を中心として発達した仏教が、遣唐使とともに唐に渡った留学僧によってもたらされたものである。その伝来の順は、まず玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)の開いた法相宗を道昭(どうしょう)が伝え、ついで道慈(どうじ)が隋(ずい)の嘉祥大師吉蔵(かじょうだいしきちぞう)より三論宗を学んでこれを伝えた。さらに、これらとともに倶舎論を学ぶ倶舎宗や、成実論を主とする成実宗なども伝わった。これらは仏教の論を中心とした宗で、経を中心としたものは、唐の賢首大師法蔵(けんじゅだいしほうぞう)の開いた『大方広仏華厳経(だいほうこうぶつけごんきょう)』に基づく華厳宗が新羅(しらぎ)の審祥(しんじょう)によって伝えられた。そこで審祥に学んだ良弁(ろうべん)は、聖武(しょうむ)天皇とともに東大寺を創建して、華厳経の本尊の毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)を安置した。とくに聖武天皇は戒律を唐に求めるために興福寺の栄叡(ようえい)と大安(だいあん)寺の普照(ふしょう)を遣わして、揚州の大明寺(だいみょうじ)に住していた鑑真(がんじん)に律宗の将来を促した。鑑真は意を決して743年(天宝2)より五度の遭難を乗り越えて753年に渡来し、日本に律宗を伝えた。[平岡定海]

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世界大百科事典内の南都六宗の言及

【八宗】より

…日本古代・中世の仏教宗派の総称。中国の仏教学の興起にともない,仏教伝来から8世紀中ころまでの間に,中国より直接もしくは朝鮮三国を通じて,日本へもたらされた三論・成実(じようじつ)・法相(ほつそう)・俱舎(くしや)・律・華厳(けごん)の6宗(南都六宗)と,9世紀初めに最澄,空海が中国より伝えた天台・真言の2宗(北京(ほつきよう)二宗)をいう。奈良時代には〈宗〉は〈衆〉とも書き,学派を意味し,一つの寺に複数の宗が存在したが,平安時代からは一寺一宗となる傾向がつよく,しだいに教派教団の意味をもちだした。…

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