『成実論』をよりどころとする仏教の一宗派。日本の南都六宗の一つ。『成実論』は3~4世紀ごろのインドの仏教学者、訶梨跋摩(かりばつま)(ハリバルマンHarivarman)の作で、部派仏教(小乗仏教)の教理に大乗的趣旨を加味した仏教概説書である。412年に鳩摩羅什(くまらじゅう)が漢訳し、鳩摩羅什門下の人々、とくに僧導(そうどう)や僧嵩(そうすう)によって宣揚され、中国の南北両地に流布し、その研究は梁(りょう)代にもっとも隆盛となった。成実論師・成実師などの呼称もおこり学派を形成したが、仏教学の進展とともに小乗仏教と批判され、唐代以後は研究も衰退した。
日本への伝来は、凝然(ぎょうねん)の『三国仏法伝通縁起(さんごくぶっぽうでんずうえんぎ)』などにより推察すると、推古(すいこ)天皇の代には伝えられたと考えられる。初めは高麗(こま)や百済(くだら)の渡来僧によって講讃(こうさん)され、成実衆として一つの学団を形成し、東大寺建立(752)のころには南都六宗の一とされた。平安時代になって三論宗の付宗とされ、研究者も減少し、一宗としての独立性を失った。教義の中心は、仏教の基本教義とされる、苦の現実(苦諦(くたい))と苦の原因(集諦(じったい))と苦の滅(滅諦(めったい))と苦の滅への道(道諦(どうたい))との四諦(したい)の真実義を明らかにすることにあり、現象世界を構成する要素を、物質的なものや認識・心理作用など5類84種に分類して説明し、修行の階位を分けて27の賢聖(げんじょう)をたてるなど部派仏教の特徴を示す。また、自我という実体を認めない(我空・人空)とともに客観世界も空である(法空)と説き、世俗諦(せぞくたい)と第一義諦との二諦(にたい)説や中道を強調するなど大乗的な教えも説いた。
[伊藤隆寿]
『福原亮厳著『仏教諸派の学術批判・成実論の研究』(1969・永田文昌堂)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
訶梨跋摩(かりばつま)の「成実論」を所依とする宗派。南都六宗の一つに数えられているが,万象が空であり無であることを悟ることにより解脱(げだつ)でき,涅槃(ねはん)に入ることができるとの教義は,三論宗の教義と近似しているため,平安時代以降は三論宗に付属するものとして扱われた。806年(大同元)諸宗の年分度者(ねんぶんどしゃ)を定めた際,三論宗3人のうち2人は「三論」を読誦し,1人は「成実論」を読誦するとされ,「成実論」は三論宗学徒の兼学すべきものだったことがわかる。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…奈良六宗ともいう。8世紀に官大寺などで研究されていた三論宗,成実(じようじつ)宗,法相(ほつそう)宗,俱舎(くしや)宗,華厳(けごん)宗,律宗の六宗を指す。六宗の成立以前に華厳宗を除く五宗が成立していたことは,718年(養老2)10月の太政官符に〈五宗の学,三蔵の教〉とあることからもうかがわれ,藤原氏祖先の伝記である《家伝》(鎌足伝)も藤原鎌足が飛鳥元興(がんごう)寺に五宗の研究の費用を寄付したと伝えている。…
※「成実宗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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