(読み)うまや

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


うまや

馬小屋。律令時代,大内裏に厩があり,その馬を支配する役所として,左・右馬寮がおかれた。平安京大内裏では,西大宮大路に面し談天門をはさんで左・右馬寮が位置した。また院,摂関家,国司,武家にもあった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


うまや

本来は馬を飼育するための小屋または部屋をいう。貴族や武家階級は乗馬を娯楽の一種とするほか、軍用の目的で馬を飼育した。原野に放牧もしたが、冬は主として舎飼いをした。藩政時代には藩令で農家に飼育をさせたが、なかでも南部藩(青森、岩手県)は産馬をも奨励したので、大きな厩が必要となった。とくに積雪期間が長い関係もあって、居宅内に巨大な厩を設ける必要があった。「南部の曲家(まがりや)」ないしは佐竹藩(秋田県)の「中門造(ちゅうもんづくり)」と称する家構えを発生させる原因ともなっている。人畜同居の構えであって、厩舎(きゅうしゃ)ともマヤともよぶ。明治になってからは、軍馬補給のため奨励もし、農家にとってはそれが重要な現金収入にもなったので、養蚕とともに力を入れた。
 厩は、土床を60センチメートル以上も深く掘って、野草を次々に投入し、一部は飼料に、残ったものはこれを踏ませ、糞尿(ふんにょう)と混ぜた良好な肥料(厩肥)を製造させる地方もあった。これを「深厩(しんきゅう)式」という。厩の上には天井をつくり中二階とし、そこにニワトリを飼ったり、名子(なご)や雇男(やといおとこ)の寝所にあてた。そこをマギといった。規模は3メートル四方が普通であるが、これは一頭飼育の場合であって、十数頭を飼う馬産の地方では、居宅とほとんど同じくらいの広さにする。ときには厩に接して風呂場(ふろば)や便所を設け、その排水を厩に引いて、より有効な厩肥づくりに利用することもある。馬耕のかわりに牛耕をする地方では、その場所を牛小屋とか牛部屋とかいうべきであるが、マヤとよんでいることもある。厩の入口には馬の神や猿が馬をひく絵馬などを貼(は)ったり、取り付けたりする。後者は猿曳(さるひ)き芸と関係があるとの説もある。とにかく牛馬は農家にとって重要な財産でもあり、出産の際には、家婦は徹夜しても産婆役を務めたものである。
 第二次世界大戦後、農耕技術が発達し、馬耕も牛耕も機械化され、また軍馬の需要もなくなった。馬は競走馬にかわり、牛は乳牛や肉牛の生産にかわったので、それぞれ専業者が現れ、厩舎や牛舎は近代化し、農家の厩は、むしろ持て余しぎみの風潮になった。[竹内芳太郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

政府開発援助

政府ベースの経済協力の一つで,特に先進国政府が発展途上国の経済開発などを促進するため財政資金を使って供与する援助。 (1) 2国間での直接援助と,(2) 国際機関を通じての多国間援助に分けられる。直接...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

厩の関連情報