馬を飼っておく独立した建物や家屋内の馬(ときには牛)を飼う部屋で,〈まや〉とも呼ぶ。農耕馬を飼う農家の馬屋と乗馬用の馬を飼う武家屋敷や神社・寺院の馬屋とでは構造が異なる。農家の馬屋は,主屋内にある内馬屋と独立して建つ外馬屋に分かれるが,南部の曲屋は外馬屋を主屋に接続させて成立した形式である。また日本海側の多雪地方に多い中門造はもともとは主屋内にあった馬屋を中門に移すことによって成立しており,両者の中間的な存在である。南関東地方などでは内馬屋は少ないが,全国的には内馬屋が広くおこなわれ,主屋内の作業空間である土間の一隅をあてる。農家では刈草やわらを踏み込ませて堆肥とするので,地面を掘りさげる。深いものは1mにも及ぶ。東北地方などの上層の家では数房の馬屋をもち,また子馬を別馬屋に入れる例もある。馬屋の入口には〈ません棒〉と呼ばれる取外し可能な木の桟を取りつけ,他は板壁とする。ただ堆肥を取り出す戸口を別に設ける例もある。馬屋には多くの場合,天井を張り,この上を下男部屋や物置にあてる。冬が長い東北地方などでは,馬屋は広く,近畿地方などのものは狭く,約3m四方ほどである。外馬屋は馬屋ばかりでなく,便所,納屋を併設するのが普通である。内馬屋の場合,馬屋の柱は他より腐朽しやすいので,主屋とは構造を切りはなし,柱を容易に取りかえられるようにした例が長野県などにみられる。
武家の馬屋,すなわち書院造の邸宅に設けられた馬屋は,馬をつないでおく立て場,遠侍と呼ばれる座敷と土間の草の間をもつ。《洛中洛外図屛風》や幕府大棟梁平内(へいのうち)家の伝書《匠明(しようめい)》には,妻入りで桁行3間の馬屋が描かれ,当時もっとも正式のものとされている。立て場は土間でなく板張りで,農家の馬屋のようにません棒を用いず,くつわつなぎ,腹掛けなどをもつ。中世の絵巻などに描かれた武家の馬屋では,猿が飼われているが,これは猿が馬の病気をなおすと信じられたためである。日光東照宮の神厩は,武家の馬屋の形式で造られ,三猿(見ざる,いわざる,聞かざる)その他の猿の彫刻が飾られている。また彦根城の馬屋はL字形の平面をもち,21の小間,端部に馬丁の休息所をもつ大規模なものである。
→畜舎
執筆者:宮沢 智士
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
本来は馬を飼育するための小屋または部屋をいう。貴族や武家階級は乗馬を娯楽の一種とするほか、軍用の目的で馬を飼育した。原野に放牧もしたが、冬は主として舎飼いをした。藩政時代には藩令で農家に飼育をさせたが、なかでも南部藩(青森、岩手県)は産馬をも奨励したので、大きな厩が必要となった。とくに積雪期間が長い関係もあって、居宅内に巨大な厩を設ける必要があった。「南部の曲家(まがりや)」ないしは佐竹藩(秋田県)の「中門造(ちゅうもんづくり)」と称する家構えを発生させる原因ともなっている。人畜同居の構えであって、厩舎(きゅうしゃ)ともマヤともよぶ。明治になってからは、軍馬補給のため奨励もし、農家にとってはそれが重要な現金収入にもなったので、養蚕とともに力を入れた。
厩は、土床を60センチメートル以上も深く掘って、野草を次々に投入し、一部は飼料に、残ったものはこれを踏ませ、糞尿(ふんにょう)と混ぜた良好な肥料(厩肥)を製造させる地方もあった。これを「深厩(しんきゅう)式」という。厩の上には天井をつくり中二階とし、そこにニワトリを飼ったり、名子(なご)や雇男(やといおとこ)の寝所にあてた。そこをマギといった。規模は3メートル四方が普通であるが、これは一頭飼育の場合であって、十数頭を飼う馬産の地方では、居宅とほとんど同じくらいの広さにする。ときには厩に接して風呂場(ふろば)や便所を設け、その排水を厩に引いて、より有効な厩肥づくりに利用することもある。馬耕のかわりに牛耕をする地方では、その場所を牛小屋とか牛部屋とかいうべきであるが、マヤとよんでいることもある。厩の入口には馬の神や猿が馬をひく絵馬などを貼(は)ったり、取り付けたりする。後者は猿曳(さるひ)き芸と関係があるとの説もある。とにかく牛馬は農家にとって重要な財産でもあり、出産の際には、家婦は徹夜しても産婆役を務めたものである。
第二次世界大戦後、農耕技術が発達し、馬耕も牛耕も機械化され、また軍馬の需要もなくなった。馬は競走馬にかわり、牛は乳牛や肉牛の生産にかわったので、それぞれ専業者が現れ、厩舎や牛舎は近代化し、農家の厩は、むしろ持て余しぎみの風潮になった。
[竹内芳太郎]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…馬や牛を放し飼うために区画された地域。《和名抄》に〈むまき〉とみえ,この訓は〈馬城〉あるいは〈馬置〉の意といい,馬飼の音のつまったものともいう。《日本書紀》天智7年(668)7月の〈多(さわ)に牧(むまき)を置きて馬を放つ〉の記事を初見とするが,以前から各地に牧が置かれていたことは確かである。
[古代の公牧]
牧には公牧と私牧とがあるが,律令制の整備につれて公牧の制度は急速に整い,《続日本紀》慶雲4年(707)3月条に〈(てつ)の印を摂津,伊勢等23国に給いて牧の駒,犢(こうし)に印せしむ〉とみえる。…
※「厩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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