債権者遅滞ともいう。債務の履行をするのに債権者の協力が必要な場合において,債務者の側で債務の履行に必要なすべての行為をした(すなわち,債務の本旨に従った提供をした)にもかかわらず,債権者が協力をしないため債務の履行がなされていないこと,または,この場合の法律関係を処理する(一定の要件の下に債務者の保護を目的とする)制度。たとえば,売買契約において買主(目的物引渡債務の債権者)が引取りをしないことのみのために履行が完了しない場合や,自己の肖像画を描かせる債務の履行の際,画家(債務者)が準備を整えているのにモデルとなることを拒否する場合,がこれにあたる。
民法は,債権者が債務の履行の受領を拒絶し,または受領が不能の場合には,〈履行ノ提供アリタル時ヨリ遅滞ノ責ニ任ス〉と規定するのみである(413条)。したがって,提供による効果(492条)が遅滞の責任の内容をなすことは明らかであるが,それに加えて,どのような内容を認めるべきかは,学説・判例にゆだねられている。この規定は,債権者の責任を定めているので,受領義務を規定したように読めるが,現在の通説・判例は,債権者が権利を有するだけで義務を負うことはないという理由により,一般論としては受領義務を否定し,提供の効果にほぼ等しい効果を認める。すなわち,受領拒絶または受領不能には,債権者の責に帰すべき事由は必要でなく,その効果は,(1)債務者は債務不履行の責任を負わされず(担保を実行されず,また解除もされず損害賠償責任も負わない),(2)債務者は供託することができ,(3)約定利息は発生をやめ,(4)受領遅滞後は債務者は履行についての注意義務が軽減される,等である。ただし,判例は信義則や契約の解釈により,債権者に受領義務が生じ,その違反に対し損害賠償の義務が生ずる場合があることを認めている。これに対し,債権者に受領義務を認め,したがって受領遅滞はその義務の違反だとして一般の債務不履行と同様に責めに帰すべき事由を要求し,効果としても,上記のもののほか,解除・損害賠償を認めるべきだと主張する有力な学説がある。
→弁済
執筆者:平井 宜雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
債務の履行につき受領その他債権者の協力を必要とする場合において、債務者が債務の本旨に従った提供をしたにもかかわらず、債権者が協力をしないか、できないために、履行が遅延している状態にあることをいい、債権者遅滞ともいう。この受領遅滞の法的性質が、債務不履行の一種か、それとも信義則に基づく法定責任かについては争いがある。民法は、受領遅滞の効果として、単に債権者が遅滞の責に任ずべきものとしているだけなので(413条)、その内容は明確ではないが、一般的には次のように解されている。(1)債務者は不履行に基づく責任を免れ、約定利息は発生しなくなる。(2)受領遅滞の後に不能となるときは、不可抗力に基づく場合にも、なお債権者の責に帰すべき履行不能となる。(3)債務者は債務の履行につき注意義務を軽減され、故意または重過失についてのみ責任を負うこととなる。(4)債務者は受領遅滞のために増加した保管費用・弁済費用を債権者に請求できる等。なお、受領遅滞を債務不履行の一種とみる立場からは、(5)遅滞によって生じた損害賠償を請求できる、(6)債務者は契約を解除しうる、という効果も認められることとなる。
[竹内俊雄]
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