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吉田玉造(初代) よしだ たまぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉田玉造(初代) よしだ-たまぞう

1829-1905 江戸後期-明治時代の人形浄瑠璃(じょうるり)の人形遣い。
文政12年生まれ。天保(てんぽう)11年初舞台。明治5年松島文楽座の初興行から人形遣いとしてはじめて紋下(もんした)(一座の代表者)となる。立役(たちやく),女役をこなして名人といわれた。とくに早替わりや宙乗りなどを得意とした。明治38年1月12日死去。77歳。大坂出身。本名は吉倉玉造。初名は亀吉。通称は親玉,大宝寺町。

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朝日日本歴史人物事典の解説

吉田玉造(初代)

没年:明治38.10.12(1905)
生年:文政12(1829)
幕末から明治期の文楽人形遣いを代表する名人。本名吉倉玉造(亀吉?)。通称親玉あるいは大宝寺町。人形遣い吉田徳造の次男で12歳で初舞台を踏み,翌年には大坂座摩西の芝居で「傾城阿波の鳴門」のおつるを遣って評判を得た。3代目竹本長門太夫,2代目豊沢団平と幕末の三名人と呼ばれ,3人共演「義経千本桜」の「すしやの段」で息が合った瞬間,権太を遣う玉造の腹帯がぷっつり切れたという。立役,荒物,道化のほか動物を遣うこともうまく,また歌舞伎役者とも交わって早替わりや宙乗りを工夫した。「五天竺」の孫悟空では70日間の大入りを記録した。明治5(1872)年,初の人形紋下となったが36年に病気のため引退した。<参考文献>茶谷半次郎「鶴沢叶聞書」(『文楽聞き書き』)

(山田庄一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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