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唐船 からぶね

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

唐船
からぶね

古代から近世を通じて,中国船に対する日本での呼称で,同時に日本で造った中国式のの呼称でもあった。中国式のいわゆるジャンクは,遅くも6世紀には中国独特の船体構造と帆装をもつすぐれた海船として完成したが,その後段階的発達をとげて,中世以後には東南アジア,インド,南洋まで航跡を延ばして貿易に活躍した。船体は竜骨に多数の隔壁を組合せた骨組みに外板を張ったじょうぶな構造で,独自の網代帆の帆装は横風や逆風時にも高性能を発揮し,15~16世紀では世界のトップレベルの航洋帆船であった。なお室町時代には,遣明船のように日本から中国へ渡航する船を,船の型式にとらわれず唐船と呼んでいた。

唐船
とうせん

唐船」のページをご覧ください。

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デジタル大辞泉の解説

から‐ふね【唐船】

中国の船。外国の船。また、それにならってつくられた船。もろこしぶね。
「わが恋は博多を出づる―のゆたのゆたたひ追ひ風を待つ」〈夫木・三三〉

とう‐せん〔タウ‐〕【唐船】

中国の船。また、中国風の船。からふね。もろこしぶね。
中世、中国との貿易にあたった日本の船。からふね。

とうせん【唐船】[謡曲]

謡曲。四番目物。外山吉広(とびよしひろ)作という。捕虜の唐人祖慶官人を慕い、二人の子供が唐から迎えに来る。日本でもうけた二人の子供が帰国を引き留め、官人は困って死のうとするが、日本の子供も同行を許される。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

からふね【唐船】

中国の船。
中国の様式で造った船。

とうせん【唐船】

中国の船。中国式の船。からふね。
鎌倉時代から室町時代に対中国貿易に従事した日本船を、その船型に関係なく呼んだもの。

とうせん【唐船】

能の一。四番目物。作者未詳。祖慶官人という中国人が船軍ふないくさに負けて箱崎の領主に捕らえられていたが、中国から二人の子供が迎えにくる。日本でもうけた二人の子供の同行が許されないため、投身しようとするが、人情にほだされた領主が日本の子も連れていくことを許したので喜び船出する。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の唐船の言及

【長崎貿易】より

…長崎港の対外取引において代表的な明治以前の貿易をいい,(1)ポルトガル船に対する1571年(元亀2)の開港から鎖国までのいわゆる南蛮貿易時代,(2)1633年(寛永10)に最初の鎖国令が出てから幕末開港までの対外貿易独占時代,(3)1859年(安政6)3港開港後のいわゆる自由主義貿易時代,に区分される。(1)南蛮貿易期 開港後まもなく,一時イエズス会領になったので(1580),それまで九州各地に渡来したマカオからのポルトガル船や,マニラ発のスペイン船は長崎に集中するようになり,江戸時代に入ると唐船(江戸時代には明,ついで清朝船だけでなく,東南アジア各地からのジャンクもそうよばれた)の入港も急増し,さらに朱印船の中心的な発着港として栄えた。これに対し後発のオランダ,イギリスは,それぞれ1609年(慶長14),13年に平戸に商館を建てて日本貿易を開始した。…

※「唐船」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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