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善峰寺 よしみねでら

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

善峰寺
よしみねでら

京都市西京区大原野にある天台宗の寺。良峰寺とも書く。山号は西山。長元2 (1029) 年源算の創建。後一条天皇の勅願所となり,洛東鷲尾寺の本尊であった千手観音を移して奉じた。のちに善慧房証空が寺内の往生院に住して浄土宗西山派を鼓吹して以来,道覚,慈道,尊円などの法親王が入寺したので西山御所という。

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デジタル大辞泉の解説

よしみね‐でら【善峰寺】

京都市西京区にある天台宗の寺。山号は、西山。西国三十三所第20番札所。長元2年(1029)源算の開創。応仁の乱で焼失したが、江戸時代徳川綱吉の母桂昌院の援助で再興。

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世界大百科事典 第2版の解説

よしみねでら【善峰寺】

京都市西京区大原野にある天台宗の寺。西山と号し,西国三十三所観音霊場の第20番札所。〈ぜんぶじ〉ともいう。1030年(長元3)源算上人の建立と伝え,本尊千手観音の霊験で名高い。鎌倉時代に慈円の弟子観性・証空が入寺して興隆につとめ,以降三鈷寺とともに浄土宗西山派の拠点にもなった。後嵯峨天皇の勅願所となり,中世には法親王の入寺が続いて〈西山宮〉とも称されている。応仁の乱の兵火で荒廃したが,江戸時代に徳川綱吉の生母桂昌院が寺領を寄せ,堂舎を再興。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

善峰寺
よしみねでら

京都市西京(にしきょう)区大原野小塩(おしお)町にある天台宗の寺。西山(にしやま)と号する。本尊は千手観音(せんじゅかんのん)。西国三十三所第20番札所。1029年(長元2)源算上人(げんさんしょうにん)の開基。以後、代々法親王が入山し、西山御坊(にしやまごぼう)と称された。初め良峰寺と書いたが、後鳥羽(ごとば)天皇が善峰寺と改め、官寺に列した。1213年(建保1)法然(ほうねん)(源空)の弟子証空(しょうくう)が住して浄土法門を広め、のちその一派を西山(せいざん)派という。応仁(おうにん)の乱に兵火にかかり焼けたが、豊臣(とよとみ)秀吉が復興し、徳川綱吉(つなよし)の母桂昌院(けいしょういん)が再興に努力した。多宝塔(国重要文化財)、経蔵、本堂、楼門、薬師堂など多くの堂塔が建ち並ぶ。境内にある桂昌院の手植えと伝える五葉松(遊龍(ゆりゅう)松という)は国の天然記念物。[田村晃祐]

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