芥川竜之介の短編小説。1918年(大正7)5月1~22日,《大阪毎日新聞》に連載。芥川の芸術観をおのずからに示す中期の力編である。本朝第一の絵師と自負する良秀に,堀川の大殿は地獄変の屛風の制作を命じる。この両者の葛藤が作品の軸となるが,絵を完成するためにはその主眼となる図柄をという良秀の願いにこたえ大殿が用意したのは,己の寵愛に従わぬ良秀の娘を檳榔毛(びろうげ)の車に入れ火を放つことであった。苦悶にゆがむ良秀の顔はやがて〈恍惚とした法悦の輝き〉を見せ,大殿は青ざめる。やがて地獄変図は完成し世の人の絶賛を得るが,良秀はみずから縊(くび)れて命を絶つ。作者の〈心熱が燃えてゐる〉〈最傑作〉とは正宗白鳥の評するところであり,ここに芸術と倫理の避けがたい相克を見るとしても,それ以上にすべてを一代の傑作に賭け,その余の生を残滓と見る当時の作者の芸術至上的心熱の燃焼をこそ読みとるべきであろう。
執筆者:佐藤 泰正
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芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)の小説。1918年(大正7)5月『大阪毎日新聞』に連載。『宇治拾遺物語』巻3の6「絵仏師良秀(よしひで)の家の焼くるを見て悦(よろこ)ぶ事」から主人公を借りて書かれている。時の権力者堀川の大殿(おおとの)から地獄図を描くように命じられた絵師良秀は、自分の周りに地獄のような状態をつくってはそれを写して絵を描き進めていた。そしてついには、火炎に包まれてもだえ苦しむ愛娘(まなむすめ)を救い出そうともせずに見つめ続け、それを画面の中心に描き上げて絵を完成させた。良秀の狂的な姿を通して、現実的なものの全否定のうえに芸術至上主義的な世界を樹立した力作で、芥川の代表作の一つである。芸術家としての作者自身の覚悟を表明した作品であるが、最後には良秀を自殺させており、芸術至上主義と倫理との問題を提示している。
[海老井英次]
『『羅生門・偸盗・地獄変・往生絵巻』(講談社文庫)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…変相図の一つで,地獄を描いた図をいう。地獄変相ともいう。浄土変が《阿弥陀経》《観無量寿経》,降魔変(ごうまへん)が《仏本行経》などとおのおのが拠った経典があるのに対し,地獄変は十八地獄などの観念によって描かれたとされる。…
※「地獄変」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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