改訂新版 世界大百科事典 「地発」の意味・わかりやすい解説
地発 (じおこし)
地興,地起とも書く。売却地,質入れ地など,本来の持主(本主)のもとから他へ所有が移転した土地を本主が取り戻す行為。この言葉は,15~16世紀,大和・伊勢地方を中心に,山城・尾張・遠江地方などの土地売買契約状(売券)に主としてあらわれる。一般的には,売券の特別契約として付記された徳政文言のなかに,〈徳政・地発〉と併記されているが,徳政令とまったく無関係に,地発があってもこの土地を取り戻さないという契約文言もみられる。ここでは地発は〈大法の地発〉としるされており,この地発が在地の慣行として,社会の基層部に深く根ざしていたものであることが知られる。この地発の〈地〉は土地そのものをさすが,当時の土地は,〈地に徳政を申懸ける〉と表現されていることからも明らかなように擬人化されており,なお生命あるものと考えられていた。〈発〉は,倒れているものをもとの状態にする,すなわち本来的には生命を付与する行為を意味する語であり,地発の本来の意味は,土地に生命を付与する行為をさすもので,開発(かいほつ),開墾と同根の観念にもとづくものといえる。今日この地発という言葉は,西日本の民俗的正月行事のひとつである〈つくりぞめ〉〈鍬初〉をさす言葉として存在するが,これもこの本来の意味での地発の延長上でとらえられる(〈仕事始め〉の項目参照)。
このように土地に生命を与える行為である地発が,本主のもとからきりはなされた状態の土地を本主が取り戻す行為であるとした当時の人々の論理は,土地とその持主との強い一体観念,すなわち土地は本来の持主のもとにあるのが正しい姿で,〈移転した土地は仮の姿〉であるという,当時の人々の土地所有観念を媒介とすれば理解しうる。すなわち地発とは移転した土地=仮死状態の土地を,本主のもとに取り戻す=生命をよみがえらせる,というものとして考えられていたのである。さらに,この地発を〈地おくる〉と自動詞で表現した例もみられるから,この観念の前提には,ある契機で土地がひとりでに生命をよみがえらせるという観念が存在したことが知られる。おそらく,この〈地おくる〉のほうが,このような呪術的世界では地発より古い観念で,地発はこの観念にもとづいておこなわれたとおもわれる。
この〈地おくる〉契機としては,徳政の契機と同じで種々のものが存在した。地震などの天変地異,飢饉などの災害,暦の上の〈革命〉の年,さらには戦争までもが,その契機と考えられていたが,もっとも一般的なものとしては,人の交替であった。売買契約者,寄進・贈与契約者などの死去による交替,領主・将軍・天皇など支配者の交替などが,土地の生命をよみがえらせる=本来の持主のところに戻る契機と考えられていたのである。現在,徳政の本質は〈復活〉〈再生〉の観念にもとづくとされているが,この地発をささえる観念もまた同じく復活・再生であったのであり,地発は,徳政令を生みだす母胎として存在したのである。
→徳政
執筆者:勝俣 鎮夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報