コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

坪江郷 つぼえごう

百科事典マイペディアの解説

坪江郷【つぼえごう】

坪江荘

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

つぼえのごう【坪江郷】

越前国坂北郡(現,福井県坂井郡金津(かなづ),三国(みくに),芦原,丸岡の各町にわたる地域)の興福寺(春日社)領荘園。上・下郷に分かれ,隣接の河口荘十郷と併せて北国荘園とも称された。この郷名は《和名抄》にみえるが,後の坪江上郷のうち現在の丸岡町坪江を含む地域に比定される。1288年(正応1)後深草院から新卅講料所として興福寺へ寄進されたが,これより以前すでに興福寺の支配下にあったことは,1283年(弘安6)の検注目録から知られる。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内の坪江郷の言及

【三国湊】より

…戦国末期には絹を扱う軽物(かるもの)座と薬売を含む唐人座も存在した。三国湊は興福寺領坪江下郷(坪江郷)に属しており,13世紀末ころの収納帳には田数11町1反120歩,年貢米98.468石,公事として夫役銭,地子銭,長者銭,越中網鮭,能登鯖,在家鵜飼鮎などが記されている。三国湊には鎌倉時代後期に関所が設けられ,長谷寺などが津料を徴収していたが,1316年(正和5)に武家使者の入部と国司津料の徴収が行われたため興福寺の湊雑掌(ざつしよう)が津料廃止を求めている。…

※「坪江郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

坪江郷の関連キーワード三国[町]