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大原社会問題研究所 おおはらしゃかいもんだいけんきゅうじょ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大原社会問題研究所
おおはらしゃかいもんだいけんきゅうじょ

1919年関西財界の重鎮大原孫三郎の私財により設立された民間の社会科学研究機関。社会運動が進展するなかで,高野岩三郎森戸辰男大内兵衛櫛田民蔵などの社会科学者を集めて『日本労働年鑑』『日本社会事業年鑑』『大原社会問題研究所雑誌』などを刊行。

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デジタル大辞泉の解説

おおはら‐しゃかいもんだいけんきゅうじょ〔おほはらシヤクワイモンダイケンキウジヨ〕【大原社会問題研究所】

大正8年(1919)、大原孫三郎が大阪に設立した学術研究所。のち東京に移り、第二次大戦後、法政大学に移管。労働運動関係の貴重な資料を所蔵。

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百科事典マイペディアの解説

大原社会問題研究所【おおはらしゃかいもんだいけんきゅうしょ】

1919年,米騒動など社会問題の深刻化するなか,倉敷紡績社長大原孫三郎の出資で大阪に創立された社会問題の民間研究機関。1937年東京に移転,1949年財団法人法政大学大原社会問題研究所となる。
→関連項目宇野弘蔵櫛田民蔵法政大学森戸事件

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世界大百科事典 第2版の解説

おおはらしゃかいもんだいけんきゅうじょ【大原社会問題研究所】

倉敷紡績社長大原孫三郎によって,1919年(大正8)大阪に設立された民間学術研究所。第1次大戦後米騒動勃発にみられる社会問題の深刻化のなかで,社会を科学的に調査研究するための機関として設立された。大原は初代所長高野岩三郎を信頼して,20年にわたって私財を投じつづけた。高野のもとに,櫛田民蔵,大内兵衛,森戸辰男,久留間鮫造細川嘉六笠信太郎らが所員となり,研究嘱託の長谷川如是閑ほか多くの研究者が参加し,日本の社会科学研究・社会調査に大きな貢献をした。

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大辞林 第三版の解説

おおはらしゃかいもんだいけんきゅうじょ【大原社会問題研究所】

1919年(大正8)実業家大原孫三郎によって設立された民間社会科学研究機関。「日本労働年鑑」などを刊行。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大原社会問題研究所
おおはらしゃかいもんだいけんきゅうじょ

1919年(大正8)倉敷(くらしき)紡績社長大原孫三郎(まごさぶろう)によって大阪に設立された民間学術研究所。大原は、初代所長高野岩三郎(たかのいわさぶろう)を信頼して研究所運営のいっさいをまかせたという。高野のもとに櫛田民蔵(くしだたみぞう)、大内兵衛(ひょうえ)、森戸辰男(たつお)、久留間鮫造(くるまさめぞう)らが所員となり、社会問題を学問的に研究した。内外の文献の収集にも努め、マルクス自署のある『資本論』などの稀覯(きこう)書や現在も刊行中の『日本労働年鑑』(1920創刊)作成のため労農団体の関係資料も収集した。財政難のため37年(昭和12)に東京に移転し、第二次世界大戦のとき空襲で約6万冊の蔵書を失った。幸い貴重書と原資料は残り、49年(昭和24)に法政大学に移管されて再建された。
 戦後も資料収集に努め、産別会議、東芝労連などの組合資料や、メーデー事件、松川事件などの資料も収蔵した。労働・社会問題の調査研究と同時に、戦前に収蔵された原資料をもとに、1969年以来、社会運動団体の機関紙誌類の復刻刊行も行っている。1995年には『社会・労働運動大年表』、1999年には『日本の労働組合100年』を刊行した。[梅田俊英]
『法政大学大原社会問題研究所編・刊『大原社会問題研究所五十年史』(1970) ▽法政大学編・刊『法政大学百年史』(1980) ▽法政大学大原社会問題研究所編『社会・労働運動大年表』(1995・労働旬報社) ▽法政大学大原社会問題研究所編『日本の労働組合100年』(1999・旬報社)』

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世界大百科事典内の大原社会問題研究所の言及

【大原孫三郎】より

…1904年,家督を継ぎ,06年倉敷紡績の社長として,工場労働者の労働条件の改善や福祉向上に努める一方,倉敷絹織,三豊紡績,日本莚業,倉敷電灯,中国合同水力電気,中国銀行,岡山合同貯蓄銀行,中国信託,京阪電鉄などの社長,取締役に就任して,岡山県産業の振興に尽くし,広く関西財界にも重きをなした。しかもこの間,石井十次の志を継いで大阪に石井記念愛染園を設立したのをはじめ,19年には私財を投じて大原社会問題研究所,大原農業研究所(1914年発足した前身を25年改称。現在は岡山大学農業生物研究所),倉敷労働科学研究所(1921年創立。…

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