大寧寺(読み)ダイネイジ

百科事典マイペディアの解説

大寧寺【たいねいじ】

山口県長門(ながと)市にある曹洞宗の寺。応永(おうえい)年間(1394年―1428年)長門守護代鷲頭弘忠(わしずひろただ)が石屋真梁(せきおくしんりょう)を開山として創建。守護大内氏の保護を受け,名僧も輩出して栄えたが,1551年大内義隆(よしたか)が陶(すえ)氏の謀反にあって当寺で自害した際,堂塔も兵火で消失。その後毛利元就(もとなり)により再興された。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

防府市歴史用語集の解説

大寧寺

 長門市深川にある寺で、1410年に建てられました。1551年に陶晴賢[すえはるかた]が反乱を起こした時に、大内義隆[おおうちよしたか]が逃げこんだのですが、周りを敵に囲まれてしまったため、自刃しました。そのときに大寧寺も焼けてしまいましたが、毛利元就[もうりもとなり]が建て直しています。

出典 ほうふWeb歴史館防府市歴史用語集について 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

大寧寺

山口県長門市にある曹洞宗の寺院、瑞雲萬歳山大寧護国禅寺の通称。1410年開創。1551年、大内家当主・大内義隆が自刃した地。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

たいねいじ【大寧寺】

山口県長門市深川湯本にある曹洞宗の寺。応永年間(1394‐1428)長門守護代鷲頭弘忠が曹洞宗通幻派の石屋真梁を開山として建立したのが起り。同派の防長への教線進展の一拠点となった。弘忠の死後も守護大内氏歴代の帰依を受け,その積極的保護のもとに竹居正猷器之為璠などの名僧が相次いで住持となり,諸国からその高風を慕って来寺するもの多く,寺勢は大いに高まった。その後,1551年(天文20)に外護者大内義隆が重臣陶晴賢の謀反にあって当寺で自害した際,堂宇も兵火によって灰燼(かいじん)に帰し,一時廃絶の危機にした。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

だいねいじ【大寧寺】

山口県長門市深川湯本にある曹洞宗の寺。応永年間(1394~1428)長門守護代鷲頭弘忠の開創。開山、石屋真梁。大内義隆父子が自刃した所。また、上杉憲実終焉の地。たいねいじ。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の大寧寺の言及

【湯本[温泉]】より

…深川(ふかわ)川の上流音信(おとずれ)川に沿う閑静な谷間の温泉町で,JR美祢(みね)線長門湯本駅から徒歩5分。近くに古刹大寧寺があるが,その3世定庵のとき,住吉明神の神託によって湧出したと伝え,泉源は大寧寺が管理した。泉源は八つで,流紋岩の断層帯から湧出する。…

※「大寧寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

バズる

[動ラ五(四)]《「バズ」の動詞化》俗に、ウェブ上で、ある特定の事柄について話題にする。特に、SNSを通じて多人数がうわさをしたり、意見や感想を述べ合ったりして、一挙に話題が広まることを指す。→バズマ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

大寧寺の関連情報