仏教経典。サンスクリット語でマハーパリニルバーナ・スートラMahāparinirvāa-sūtraという。すなわち仏陀(ぶっだ)の入滅(にゅうめつ)に関して説いている経典である。これには数種があり、(1)入滅直後に、その前後の事情、荼毘(だび)、仏塔の建立などの事実を述べたもので、漢訳『長阿含(じょうあごん)』中の『遊行経(ゆぎょうきょう)』など、(2)大乗の立場から「大般涅槃」の意義を問うてつくられた経典、(3)その中間的なもの――『遺教経(ゆいきょうぎょう)』など、とに分かれる。日本で一般に「涅槃経」とよばれるのは(2)で、曇無讖(どんむしん)訳『大般涅槃経』40巻(「北本」という)、あるいはその再治本36巻(「南本」という)をさす(異訳に法顕(ほっけん)訳『大般泥洹経(ないおんぎょう)』6巻〈曇無讖訳の最初の10巻分相当〉がある)。また、チベット訳2種(一つは梵(ぼん)本からの訳、13巻。他は曇無讖訳に、闍那崛多(じゃなくった)訳の『後分』2巻をあわせたものからの訳、56巻)があるが、梵本は欠。大乗の『涅槃経』は『法華経(ほけきょう)』の後を受けて、如来(にょらい)が常住で変易なく、また、一乗のゆえにすべての衆生(しゅじょう)に仏性(ぶっしょう)すなわち仏となるべき因が本来具(そな)わっていることを教える。この衆生の本性は、常楽我浄(じょうらくがじょう)の四徳を具えた如来の法身(ほっしん)にほかならず、また、般若(はんにゃ)(さとりの智慧(ちえ))と解脱(げだつ)と法身とは、梵語のイ字の三点のごとく密接不離な涅槃の三徳であるという。11巻以後は、この如来常住(にょらいじょうじゅう)と悉有仏性(しつうぶっしょう)の教義をさらに種々の比喩(ひゆ)や菩薩(ぼさつ)の活動を通し、聖行(しょうぎょう)、梵行(ぼんぎよう)、天行(てんぎょう)、嬰児行(ようにぎょう)、病行の五行によって敷衍(ふえん)、展開している。この経は中国で南北朝時代に『法華経』と並んで尊重され、とくに仏性思想は後の中国・日本の仏教に大きな影響を与えた。
[高崎直道]
『横超慧日著『涅槃経』(1981・平楽寺書店・サーラ叢書)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…これらのとくに漢訳の経典に基づいて広く描かれたのが〈涅槃図〉で,そのなかには釈迦の涅槃をめぐるさまざまな伝説が描き加えられている。また,大乗経典中には同じような名称の《大般(だいはつ)涅槃経》が存在するが,その内容は上記の2経とはまったく異なり,〈仏身常住(ぶつしんじようじゆう)〉(悟りを開いた仏の身体は法として永遠に存在する),〈悉有仏性(しつうぶつしよう)〉(すべての人間は仏となりうる可能性を有している)などを強調している。したがって,この《大般涅槃経》は釈迦の涅槃についての直接的な記事はほとんど含んでいない。…
…涅槃は釈尊の一生の中での重要事跡として釈迦八相などの一つにとり上げられ,インドでも早くから造形美術の対象とされてきたが,大乗仏教においては釈尊の死は精神的に昇華され,仏身あるいは仏法の永遠性を象徴する事跡として一段と重んぜられ,涅槃図は仏教絵画の中の代表的主題の一つとなった。涅槃図の典拠となったのは,5世紀に漢訳された《大般(だいはつ)涅槃経》のほか,同経に後世付加された〈大般涅槃経後分〉などであり,これらによって涅槃図の構成および登場人物が説き示される。このような状況を反映して涅槃の造形美術は大乗仏教下のインドをはじめ中央アジア,敦煌,中国本土に盛んに行われ,インドやその周辺では浮彫像や彫像を主体とするが,中央アジアから中国本土にかけては壁画(涅槃像のみ塑造とする例もある)による作例が少なくない。…
※「大般涅槃経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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