能の曲名。四番目物。作者不明。前ジテは天鼓の父王伯。後ジテは天鼓の霊。中国に昔,王伯,王母という老夫婦がいた。あるとき王母は,天から鼓が降ってきて胎内に入ったという夢を見て懐妊したので,生まれた子を天鼓と名付けたところ,その後本当に鼓が降ってきた。天鼓はその鼓をたいせつにしていたが帝がその名器のことを聞き,召し上げようとした。天鼓はいやがって山中に隠れたが,ついに見つけられ,呂水に沈めて殺された。ところが,取り上げて宮中に据えたその鼓は,いくら打っても音がしない。そこで,父親の王伯を呼び出すために勅使が差し向けられる。
以上の経緯は,最初に登場する勅使(ワキ)の言葉で説明される。勅命を聞いた王伯(前ジテ)は,罪が自分にまで及ぶのかと恐れるが,愛児を奪った帝の顔を一目見ようと決意し,宮中に赴く。王伯が命に従って鼓を打つと,もとどおりの妙音を発したので帝も心を打たれ(〈クセ,ロンギ〉),老人に恩賞を与え,呂水のほとりに鼓を据えて天鼓を弔うことになる。夜半になると天鼓の霊(後ジテ)が水上に現れ,愛器に再びめぐりあったうれしさに,鼓を打ち鳴らして浮き浮きと舞い遊び(〈楽(がく),中ノリ地〉),夜明けとともに幻のように消えていく。前場では子を失った老父の屈折した感情がよく描かれているが,能全体の主題は音楽説話の舞台化にある。天鼓の霊は,非道な殺されかたをしたのに恨みもせず,大好きだった楽器に久びさにめぐりあえた喜びを純粋に表現する感じである。
執筆者:横道 万里雄
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能の曲目。四番目物。五流現行曲。天から授かった鼓(つづみ)を持つ少年天鼓は、それを差し出せという皇帝の命令に背いたため、呂水(りょすい)に沈められ殺される。宮中に召し上げられた鼓はだれが打っても音を出さぬ。勅使(ワキ)が少年の老父(前シテ)を呼び出して打たせると、恩愛のきずなか、鼓は美しい音を発する。感動した皇帝は、天鼓のための音楽葬を命ずる。天鼓の霊(後(のち)シテ)は弔いを感謝して水中から現れ、愛する楽器を演奏し、夜明けとともに消えていく。前半の悲痛さに、後半の純粋な音楽への陶酔の喜びが際だつ。前シテが親で、後シテが子供の亡霊という形の能には、ほかに『藤戸(ふじと)』『昭君(しょうくん)』がある。
[増田正造]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…04年上京。平民社の幸徳秋水らと親交しつつ雑誌《天鼓》(1905)を創刊。〈唯物功利的〉で〈拝金〉〈偽善〉の現代文明を〈悪魔的文明〉として排撃し,〈民約的共産〉の〈地上の天国〉を夢想する。…
※「天鼓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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