鎌倉時代の法語。平康頼(やすより)編。12世紀末の成立。1巻,2巻,3巻,6巻,7巻,9巻などのさまざまな形態のものがおこなわれた。それぞれ,収録説話,収録和歌に繁簡の差があり,叙述に精粗の差がある。康頼の編んだ《宝物集》がどのような形態・内容のものであったか,現在ではややあいまいになっている。鬼界ヶ島より帰洛して東山に籠居した康頼が,2月20日のころに嵯峨の清凉寺にもうで,参籠の一夜の諸人の語らいを記録した,という体裁がとられている。人にとって第一の〈宝〉は何か,ということをめぐっての語らいに,〈隠れ簑(みの)〉こそ宝であるという主張にはじまり,〈打ち出の小槌(こづち)〉〈金〉〈玉〉〈子〉〈命〉と,順次に主張され,最後に,ある僧によって〈仏法〉こそ第一の宝であると主張された。人々はその言に耳を傾け,僧はさらに,〈六道〉のいとうべきことを説き,〈仏〉になるための12の方法を述べて,夜のあけるにおよんでいずこへともなく去った,と書かれている。ある主張や説明がおこなわれるときに,説話や和歌が論拠,例証として示される。古くは歌集としても扱われ,現在では説話集とされるのがふつうであるが,説話や和歌を多く含む法語とみるべきであろう。本書の構成・手法は何によったか明らかではないが,《大鏡》《無名草子(むみようぞうし)》,後代の《太平記》巻三十五の〈北野通夜物語〉や向阿(こうあ)《西要鈔(さいようしよう)》などに類似の構成・手法がみられる。これらと比べても本書の構成はきわだって整然としており,秩序だっている。このような構成が,本書の主張を説得力あるものとしており,人々を仏道に導くという点では効果的である。しかし,法語としての性格の強さのゆえに,いっぽうでは説話の叙述に生彩を欠くきらいがあることは否定できない。中世,近世を通じて多くの読者をもち,《保元物語》《曾我物語》などの資料となり,《撰集抄》《発心集》など法語的説話集の先がけとなった。
執筆者:出雲路 修
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鎌倉初期の仏教説話集。平康頼(やすより)作説が有力。一巻本、二巻本、三巻本、七巻本の各系統に分かれるが、一巻本は1179年(治承3)ごろ、それを増補・改編したと思われる七巻本は1183年(寿永2)ごろの成立かと推定される。京都の嵯峨清凉(さがせいりょう)寺の通夜のおりの座談の聞き書きという形をとっており、仏法こそが人間にとって第一の宝であるということが、例話や和歌を引きながら物語られる。座談の形式は『大鏡』や『無名草子(むみょうぞうし)』などと同じくし、内容的には源信(げんしん)の『往生要集』に倣ったところがあるが、教理を体系的に概説しようとする意図が強く、説話集としての魅力にはやや欠ける。しかし、鴨長明(かものちょうめい)の『発心(ほっしん)集』などの仏教説話集にその内容、詞章の面で受容されていったと考えられるほか、『保元(ほうげん)物語』『平家物語』『曽我(そが)物語』『日蓮遺文(にちれんいぶん)』などの諸作品への影響も指摘されており、文学史上、注目される存在である。
[浅見和彦]
『小泉弘編『古鈔本 宝物集』(1973・角川書店)』
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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