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奴隷制[西洋](読み)どれいせい[せいよう](英語表記)slavery

翻訳|slavery

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

奴隷制[西洋]
どれいせい[せいよう]
slavery

奴隷労働に基づく生産関係のこと。奴隷制の起源については,一般に諸社会が狩猟段階から牧畜段階に達したときに出現したといわれる。さらに自給自足から市場経済への変化の過程で,広大な土地が比較的少数の富裕な土地所有者の手に帰したとき,集団で働く奴隷の使用は有利となり,奴隷制の導入がはかられた。古代オリエント地域では奴隷は主として戦争による捕虜を供給源とし,多くは国王の所有となり,国王は手もとにおくか,神殿の奉仕に献納した。神殿奴隷は膨大な数に上ったが,古代ローマ時代にみられるような大規模な私有の家内奴隷は存在しなかった。また奴隷は財産としてみなされ,法の前では人間ではなかった。古代ギリシア・ローマ時代では,おもに捕虜や債務が原因で奴隷となり,居住移転の自由がなく,売買,贈与の対象にもなり,主人に生殺与奪権が握られていた。一般に奴隷制については自然に反しており,不公正であると考えられてはいたものの,一つの制度として奴隷制を処理する実際的な法や規則が定められていた。奴隷の地位も一定ではなく,過酷な労働につく者と,家族の一員とみなされる者,一定の教育を受けて船舶を指揮する船長などもいた。近代では,南北アメリカ大陸の奴隷制が最も顕著で,ヨーロッパ人の入植以来,19世紀まで存続した。南アメリカでは現地人のラテンアメリカ先住民族 (インディオ) を奴隷としていたが,スペイン人入植者がアフリカ人 (黒人) 奴隷の輸入を許されてから,綿,タバコ,サトウキビ栽培に奴隷を従事させた。北アメリカのイギリス植民地では,黒人奴隷の導入は比較的遅く,アメリカ独立後の大農園制経済 (→プランテーション制 ) の発展に伴い黒人奴隷労働は著しく増加し,1860年代には 400万人をこえる数に達した。しかし 1865年 A.リンカーン大統領の奴隷解放宣言により奴隷制は廃止された。 19世紀末から 20世紀初頭にかけても奴隷制は存続したが,強制労働防止策を目指した国際間の諸協定,国際連盟,国際労働機関による協約によって最終的には,1940年代にリベリアとエチオピアを最後に奴隷制は廃止された。

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