河川汚濁(読み)かせんおだく(その他表記)river pollution

改訂新版 世界大百科事典 「河川汚濁」の意味・わかりやすい解説

河川汚濁 (かせんおだく)
river pollution

人間にとって,河川はもっとも身近にある水環境の一つであり,また利用しやすい水源でもあるので,河川汚濁は水質汚濁の中でももっとも認識されやすく,かついったん汚濁が起こった場合にはその影響も大きい。19世紀後半,イギリスのテムズ川の汚濁によるコレラの流行と悪臭は世界的な河川汚濁の発端であった。ヨーロッパの河川汚濁が,人口の都市への集中による屎尿(しによう)を含む生活排水流入と,工場の都市への集中・大規模化による大量の工場排水の流入という都市公害的様相が強かったのに対し,日本では,屎尿を肥料として農業利用していたために,都市におけるコレラの発生などは比較的少なく,純然たる産業公害の様相が強かった。第2次世界大戦前では足尾鉱毒事件戦後は,本州製紙江戸川工場事件などが有名である。しかし,1970年以後,〈水質汚濁防止法〉によって工場からの排水が強く規制されるようになるにつれ,都市公害型の汚濁に変わりつつある。

日本では,農業用水の90%,上水道用水の70%,工業用水の60%を河川水に依存しているので,河川汚濁は,周辺環境として不快であることにとどまらず,直接的に水利用を阻害し,さらに健康への被害まで引き起こすこともある。飲料水に,異臭味,色がつくなどがもっとも軽い被害であるが,ひどいときには健康被害に及び,水源の放棄に至る例も少なくない。飲料水による健康被害としてよく知られているものはコレラなどの水系伝染病(原因は下水中の屎尿),イタイイタイ病(鉱山排水により河川水が汚染され,さらに井戸水が汚染された),カシン=ベック病などがある。また浄水過程で殺菌のために加えられる塩素によって,発癌物質であるトリハロメタン等の生成も大きな問題となっている。さらに1990年代後半になって,原虫(クリプトスポリジウムなど)やウイルスによる微生物汚染が再び大きくクローズアップされてきている。農・水産業への被害としては,汚染物質がある限度以上に増大して,農作物や魚貝類の成長を直接阻害する場合と,有害毒物質が農作物や魚貝類に濃縮され(生物濃縮),それを摂取した人間や家畜などに悪影響を与える場合の二つがある。前者の例としては,有機性汚濁物質の増大による酸素不足,または毒物による魚貝類の斃死(へいし),農作物の枯死,発育阻害,稲の青立ちなどがある。後者の例としては,米や魚などの中の水銀,カドミウムなどの濃度の増大による人間体内でのこれら重金属の濃縮と中毒,硝酸過多の牧草による牛の死亡などがある。

河川汚濁を引き起こしている原因は,産業排水と都市下水とであるが,前者はさらに,鉱業排水と工業排水とに分けて考えたほうがよい。鉱業排水による汚濁は,鉱山からの排水中に含まれる重金属と酸によるものが主で,鉱山の立地の関係上,上流から下流に至る広い範囲に被害を及ぼすことが多く,またその被害も激甚であった。日本の河川では,渡良瀬川,米代川などがその代表例である。これに対して工業排水による被害は,中流から下流に集中する傾向が強い。業種では排水中の有機性汚濁物質量が他の業種に比べて格別に高い紙・パルプ工業による被害が多く,国策パルプ(株)による石狩川汚染,本州製紙江戸川工場事件,富士市田子ノ浦のへどろ事件などが歴史的によく知られている。また皮革工業の排水中には,有機物とタンニン,クロムなどの有害物質が濃厚に含まれ,そのほか,メッキ・金属工業排水(シアンなど),染色業,食品・水産加工業などの排水による被害も大きかった。都市下水とは主として住宅,事務所などのビル,商業地帯などから出される下水で,近年この都市下水(生活系排水)による汚濁が増大している。河川汚濁の主たる原因は,70年代までは産業排水であったが,80年代に入ると生活系排水による汚濁が主になった。このことは,23の健康項目について基準達成率が99%を超えているにもかかわらず,生物化学的酸素要求量(BOD)など生活環境項目については70%程度で低迷していることに反映されている。下水そのものは以前から河川に流されていたが,近年,下水が汚染の主役になってしまったのは,人口の都市への集中および生活の向上に伴う下水の量の拡大と質の変化,くみ取式から水洗式トイレへの転換と簡易浄化槽の普及などによって屎尿の下水への流入が増え,河川への汚濁物の流入が増していること,その変化に下水道建設が対応できないことによっている。さらに上流でのダム建設による河川水量の減少に伴う河川の自浄作用の減少もこれに大きな影響を与えている。河川に汚濁物質が投入されても,河川水によって希釈され,さらに流下過程で自然の力で浄化され(これを河川の自浄作用と呼ぶ),直接被害と結びつかないことも多いが,近年の都市近郊の状況は,人為汚染がこういう自然のバランスを崩してしまっていることを示している。

湖や海とは違い,河川汚濁は対策が比較的立てやすい。汚濁発生源が限定されており,発生源での汚濁発生量を減少させれば,直ちに河川もきれいになる場合が多く,底生の生物も含めて1~2年で完全に回復する例が多い。汚濁源を除去するためには2通りの対策が立てられている。第1は,〈水質汚濁防止法〉による,主として工場からの排水に対する水質規制であり,第2は,下水道整備による家庭下水対策(究極的には工場排水も含まれる)である。前者は1970年12月25日に公布,翌年6月24日から施行され,非常に大きな効果をあげた。一方,下水道整備のほうは遅々として進まず,93年末の時点でも下水道普及率は人口の50%に届いていない。日本での下水道の投資効率はきわめて低く,公共事業に共通の構造的問題を露呈している。河川を汚さぬためと称して直接海に排水するような対策が多く,河川の流量が激減し,河川そのものがなくなっていくケースも多い。河川汚濁をなくすためには,水質をよくすると同時に豊かな水が必要だという認識の下に今後の対策が立てられるべきで,河川沿岸の利用,河川へのアクセスの保障なども同時に視野に入れておかなければならない。
下水道 →産業排水 →水汚染
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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