官業払下げ(読み)かんぎょうはらいさげ

百科事典マイペディア 「官業払下げ」の意味・わかりやすい解説

官業払下げ【かんぎょうはらいさげ】

明治政府は富国強兵殖産興業観点から,多数官営工業を経営したが,欠損の多いことを理由に1880年工場払下概則を定め,軍事工場公益事業を除いた多くの工場・鉱山三井三菱などの政商に対して無償に近い額で払い下げた。これはのちの財閥形成の基礎となった。
→関連項目官営鉱山工部省政商古河市兵衛松方財政

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世界大百科事典 第2版 「官業払下げ」の意味・わかりやすい解説

かんぎょうはらいさげ【官業払下げ】

明治維新政府が殖産興業と機械制大工業の移植を意図して旧幕府から接収または新設した官営鉱工業(官営工業)を,特定部門を除いて民間に払い下げた政策。それを明治政府の方針として正式決定して布達されたのが〈工場払下概則〉(1880年11月施行)で,全4条からなる。払下げの条件は,(1)数人合資の会社または個人で必要な資力をもつ者,(2)各工場の営業資本金(企業経営のために国庫より支出した運転資本と赤字補塡のため支出した資本総額,いずれも国庫よりの借入金として会計処理されている)は払下げの際に全額支払うこと,興業費(各工場の建設費・拡張費と営業開始前の諸費用の合計)は年賦払い,(3)興業費の完納までは当該工場の建物・機械を政府へ抵当とすること。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「官業払下げ」の解説

官業払下げ
かんぎょうはらいさげ

1880年代から日清戦争前に行われた官営工場・鉱山などの民間払下げ。政府の財政難を背景に,1880年(明治13)の工場払下概則制定を起点とするが,同概則は払下げ条件がきびしかったため,活発化するのは84年の同概則廃止後である。払下げ対象はおもに工部省の事業で,深川のセメント製造所(84年浅野総一郎へ),長崎造船所(87年三菱へ),兵庫造船所(87年川崎正蔵へ),阿仁(あに)銅山(85年古河市兵衛へ),釜石鉄山(87年田中長兵衛へ),三池炭鉱(89年三井へ)などがある。経営不振の官業はとくに安価に払い下げられ,その多くは財閥を中心とした民間の大規模鉱工業生成の中核となった。

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世界大百科事典内の官業払下げの言及

【造船業】より

…直接的には海軍工廠の拡充が図られたが,具体的にはイギリスから主として艦艇建造技術を導入し,日本造船技術の向上を先導した。そして,1880年代には官業払下げの一環として,長崎造船所,兵庫造船所(1871開設)が三菱(郵便汽船三菱会社,のち三菱重工業),川崎(川崎築地造船所,のち川崎重工業)に払い下げられた(1887)。これは民間造船業の中核となった。…

※「官業払下げ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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