藤原定家の書風をいう。定家の書は,父俊成のするどい書風とは異なり,巧妙とはいえない。これを悪筆とけなした人(恵命院宣守《海人藻芥(あまのもくず)》)もあったほどであるが,中世の歌学上の権威と仰がれたため,その奇異な書風もおおいに尊ばれ,江戸時代にはこれを祖とする定家流という流派さえ生じた。もっとも,定家流といわれた書風と定家自身の書との間には相当の開きがあり,定家の書風を悪く誇張したものが定家流であるともいえる。茶器の愛玩などにおいて,定家流をもって銘をしるすようなことが盛んに行われ,小堀遠州の書などその顕著なものである。なお,定家筆といわれる書蹟は数多いが,彼は書写の際に一部分を自筆とし,あとは家人らに自分の書風を真似て,書きつがせたので,定家風であっても真筆か他筆かの鑑別がむつかしい。
執筆者:田村 悦子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
鎌倉初期の歌人・歌学者として名高い藤原定家の書流。定家の書は、字形にあまりこだわらず、筆圧の強弱を極端に表した線質に特徴があり、癖のある書風ではあるが、独自の風格を備え、定家の末裔(まつえい)にあたる二条、冷泉(れいぜい)、京極など歌道の家々によって、歌学の継承とともにその書風にもまた著しい影響を及ぼし、近世に入り、定家流あるいは定家様の名で喧伝(けんでん)された。茶道において定家の歌論が尊崇されたため、歌人や茶人の間で多くの追随者を輩出。関白近衛信尹(このえのぶただ)をはじめ、烏丸光広(からすまみつひろ)、冷泉為村(ためむら)らの歌人、里村(さとむら)玄陳らの連歌師、小堀遠州、松平不昧(ふまい)らの茶人は、いずれも定家流の名手である。
[古谷 稔]
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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