〈公の秩序善良の風俗〉を縮めた表現である。〈公の秩序〉は国家あるいは社会における秩序をいい,〈善良の風俗〉は社会における一般的な道徳観念をいう。理念上は,この二つの概念は区別されるが,法令の中では二つは合わせて用いられており,特に両者を区別すべき実益はない。
日本の民法は,公序良俗に反する事項を目的とする法律行為は無効であると定めている(民法90条)。すでにローマ法において,〈善良な風俗boni mores〉という観念によって契約の効力を制限することが認められていた。それがフランス民法,ドイツ民法に継承されているが,日本民法もそれにならったものである。もっとも,フランス民法が〈公の秩序ないし善良の風俗ordre public et bonnes moeurs〉に反することを原因とする債務は無効であるとしているのに対して,ドイツ民法は公序について規定せず,〈善良の風俗gute Sitten〉に反する法律行為は無効であるとしているにとどまる(スイス債務法も同様である)。民法90条について,どのような場合に法律行為が無効となるかを明らかにするためには,公序良俗概念の具体的な内容を明らかにする必要がある。しかし,前述のように公序良俗というのはきわめて一般的・抽象的な概念(一般条項という)であり,その具体的内容を論理解釈によって明らかにすることは不可能であるといわなければならない。そこで,学説は,これまでの裁判例を整理し,公序良俗違反となるような法律行為を,次のように類型化している。(1)不倫の相手との間で,妻と将来離婚し,相手と結婚する約束をし,それまで相手に扶養料を払う約束をする場合のように,家族道徳に反する行為。(2)親の借りた借金を娘が芸娼妓として働いて返済する旨の芸娼妓契約のように,人格の尊厳または自由を害する行為。(3)人を殺す対価として金員を与える約束のように,社会的な倫理に反する行為。(4)その他,他人の無思慮・窮迫に乗じて不当な利益を得る行為,賭博など著しく射倖的な行為,などである。公序良俗違反によって,法律行為が無効とされる場合には,相手方に行為の内容を実現するように請求することはできないし,受け取った物を相手に返還しなければならない。ただし,賭博に負けて支払う金銭などのように,不法な原因によって相手に給付した物の返還請求はできないため(不法原因給付),公序良俗違反を理由とする返還請求が認められないことが少なくない。
他の法令においても公序良俗に関する規定を置く条項がいくつかみられる。たとえば,日本国憲法82条は,裁判は公開の法廷で行うのが原則であるが,公序良俗を害するおそれのあるときは公開しないことができるとしている。また,法例2条は,公序良俗に反しない慣習で法令の規定により認められたもの,および法令に規定のない事項に関するものに限り法律と同一の効力を有するとしている。
執筆者:野村 豊弘
国際私法上は,単に〈公序〉と呼ばれる。前述の公序良俗の内容と機能とは,それがいかなるものであれ結局は一国内でのみ妥当する国内的なものにすぎず,必ずしもつねに国際的・普遍的に通用するものではない。たとえば,日本の親族・相続関係法規は強行法規(強行法規・任意法規)であり,民法90条の公序良俗の内容を具体的に規定したものといわれる。しかし国際結婚や外国人の相続などについて日本の国際私法は本国法主義を採り,当事者が外国人であるときは外国の親族・相続法規を適用することを,逆にいえば日本の同種の規定を適用,強行しないことを定めている。したがって民法90条の公序良俗は,純粋に国内的な,日本人の間で日本でなされる場合以外には妥当しない〈国内〉公序であると解するほかはない。では外国法によるべき場合に,たとえばその国法が多妻婚を許しているときはつねに多妻婚ができるのか,離婚が禁じられていればつねに離婚はできないのかという問題が起こる。いったん外国法によると定めた以上は,そのとおりにするのが本筋である。それが純粋な国内関係とは異なる国際関係の特質であり,異なる文化,理念,価値を最大限に尊重して初めて真の国際関係がありうるからである。けれども本筋をとおすことが,具体的な場合にいかにも不当な結果を当事者にしいることになることがある。たとえば,わずかな同居期間後に国外に出たまま行方不明となった夫を待つ妻を,夫がフィリピン人でフィリピンでは離婚が禁じられているからといって,一生形骸化した婚姻関係に縛りつけ,再婚も許されないことが果たして正当か,疑問となろう。このようなときに本来は適用すべき外国法を適用しない,と定めるのが法例30条であり,外国法の適用排除の条件として〈公序良俗〉に反することが要求されている。
日本の国内公序に反することもありうる外国法の適用を前提にしたうえでの〈公序〉であるから,この場合の公序とは国際関係に特有の〈国際〉公序であるとして明確に区別しておく必要がある。しかも国際公序に反するというためには,単に外国法の内容が日本の法律とは異なる,それに反するというだけでは十分ではない。そうした内容の外国法を問題の具体的な事案に強行すれば,実際上不当な結果を招く,ということが不可欠の要件である。加えて日本が具体的な当・不当の判断をなしうるだけの正当な利害関係のあることも必要である。すなわち,内国との関連性という条件である。上の例で妻が日本の国籍をもっていても婚姻挙行地,生活地そして将来の住所地などがいずれもフィリピンのときは,たてまえどおり離婚が禁じられても国際公序に反するとはいいえない。なお上の当・不当の判断は,国際的合意のない限り,日本が独自の立場と基準とで行うものであって,その意味では〈国際〉公序とは称されるものの必ずしもつねに国際的な通用力をもってはおらず,国家的な性格をぬぐいきれない点に注意すべきである。
以上のほか日本の労働関係諸法やいわゆる経済法関係諸法あるいは人身保護関係の立法などが,国際的関係に対し公序法loi d'ordre publicとして強行される,といわれることがある。これらは一国の社会,経済,政治政策を推進するための法規であって,当初から外国法の適用は予定されておらず,日本で問題となる限り,当然に必ず強行され,外国法の適用がつねに留保されている。この点で,前段で述べた国際公序が内外の法律にその適用の機会が平等に認められていることを前提とし,例外的にのみ外国法の適用を排除するために働くのとは質的に違っている。もっとも公序法とはいえ事項に即してその適用範囲は特定されており,その法規の趣旨・目的に応じ,さらにそれらを強行するに足りるだけの正当な利害関係を日本が有しているか否かによって,その適用には一定の限界があることはいうまでもない。公序法は,国際私法等の一般の抵触法とは無関係にその適用範囲が定められるため,〈直接的適用法loi d'application immédiate〉と呼ばれることもある。
執筆者:秌場 準一
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公の秩序(社会の一般的秩序)および善良な風俗(社会の一般的道徳観念)のこと。法律行為が社会の一般的秩序または社会の一般的道徳観念に適合していなければならないことは、法の一般原則である。したがって、公序良俗に違反する法律行為は無効とされる(民法90条)。たとえば、次のような法律行為は公序良俗に違反する無効のものである。
(1)人倫に反するもの(母と子が同居しないという契約、妻を離婚して結婚するという予約など)。
(2)正義の観念に反するもの(犯罪その他の不正行為をなす契約、対価を与えて悪事をなさしめない契約、競争入札における談合行為など)。
(3)他人の無思慮・窮迫に乗じて不当に利益を得る行為(暴利行為――相手方の窮迫に乗じて金銭を短期間貸与し、期限徒過の場合には債権額の8倍強にあたる不動産を代物弁済とする契約など)。
(4)個人の自由を極度に制限するもの(人身売買的な芸娼妓(げいしょうぎ)契約など)。
(5)営業の自由を極度に制限するもの(時期・場所・営業の種類のいずれについても限定を付さない競業避止契約など)。
(6)著しく射幸的なもの(賭博(とばく)など。ただし、法律上許容されているものもある)。
[淡路剛久]
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