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宝永金銀 ほうえいきんぎん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宝永金銀
ほうえいきんぎん

江戸幕府が宝永3 (1706) ~正徳4 (14) 年に発行した金,銀貨幣の総称。金貨幣には宝永一分金,宝永小判銀貨幣には宝字丁銀豆板銀,永字銀,三宝銀,四宝銀などがあった。慶長,元禄の金銀に比べ品位が劣っていたので流通しにくく,金銀相場を混乱させたので享保8 (23) 年1月までに停止された。

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百科事典マイペディアの解説

宝永金銀【ほうえいきんぎん】

1706年―1711年(宝永3年―8年)に鋳造された貨幣。元禄(げんろく)期の改鋳による金銀比価の是正を目的としたもので,二ツ宝丁(ほうちょう)銀・豆板銀・永字丁(えいじちょう)銀・三ツ宝丁銀・小判一分銀など5年間に銀貨4回,金貨1回改鋳。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうえいきんぎん【宝永金銀】

1706年(宝永3)発行の宝永二ッ宝丁銀・豆板銀はじめ,10年の宝永永字丁銀・豆板銀,宝永三ッ宝丁銀・豆板銀,宝永小判,宝永一分金,11年の宝永四ッ宝丁銀・豆板銀を総称していう。二ッ宝銀,三ッ宝銀,四ッ宝銀には,それぞれ宝の文字が2~4個刻印されている。このようにわずか5ヵ年間に銀貨が4回,金貨が1回改鋳が行われ,幣制は混乱した。これは元禄期の改鋳によって生じた金銀比価の不均衡を調整しようとしたものであったが,銀座年寄が幕府の勘定奉行荻原重秀と結託して,幕府は改鋳益金を収得し,銀座年寄は銀座収入の増大を意図したことによるところが大きい。

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