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嵯峨本 さがぼん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

嵯峨本
さがぼん

江戸時代初期,慶長 10 (1605) 年頃~慶長末頃に,京都嵯峨で出版された版本。本阿弥光悦を中心とし,門下の角倉 (すみのくら) 素庵らの協力によって成ったため,光悦本,角倉本とも呼ぶ。木活字本が多いが,木版整版刷もあり,版下を光悦が書き,本文,表紙には色紙を用い,雲母 (きらら) の模様を出すなど,日本の印刷文化史上最も美術的な版本として有名。

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デジタル大辞泉の解説

さが‐ぼん【××峨本】

慶長・元和(1596~1624)にかけて、京都の嵯峨で本阿弥光悦角倉素庵(すみのくらそあん)らが刊行した版本。主に木活字を用い、用紙・装丁に豪華な意匠を施した美本で、「伊勢物語」「観世流謡本」など13点が現存する。光悦本。角倉本。

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百科事典マイペディアの解説

嵯峨本【さがぼん】

江戸初期,京都嵯峨の素封家角倉素庵(すみのくらそあん)(角倉了以の子)が本阿弥光悦の協力のもとに刊行した私刊本の総称。角倉本,光悦本ともいう。雲母(きらら)を刷り込んだ美しい用紙にかな文字の木活字を用いた美術的価値の高い印刷物。
→関連項目古活字版

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世界大百科事典 第2版の解説

さがぼん【嵯峨本】

江戸時代の初め,慶長13年(1608)から元和年間(1615‐24)にかけ,洛西(京都西部)嵯峨の素封家角倉(すみのくら)素庵(光昌)が,寛永の三筆の一人本阿弥(ほんあみ)光悦の協力をうけて版行した私刊本の総称。開版者の名を冠して〈角倉本〉ともいい,版下が光悦の自筆またはその門流の手になるところから〈光悦本〉とも呼ぶ。まれには木版整版刷のものもあるが,大部分はひらがな交りの木活字本(古活字版)で,版式および装丁において,ほとんどその類を見ぬ特徴を有した。

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大辞林 第三版の解説

さがぼん【嵯峨本】

近世初頭、京都の嵯峨で本阿弥光悦やその門下の角倉すみのくら素庵が刊行した木活字の豪華本。ほとんどが伊勢物語・徒然草・方丈記・百人一首・観世流謡曲など国文学作品で、用紙や装丁には美しいデザインと工夫がこらされている。角倉本。光悦本。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

嵯峨本
さがぼん

慶長(けいちょう)年間(1596~1615)後半期、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)およびその門流が、京都の嵯峨で、主として木活字を用いて出版した書物。出版地にちなみ嵯峨本と称するが、とくに光悦自ら版下を書いたものを「光悦本」という。嵯峨本は料紙・装丁などに豪華な美術的意匠を施した、わが国出版史上もっとも美しい書物として知られるが、流麗な平仮名交じりの木活字で印刷された一連の書物は、それまで写本でのみ伝えられてきた『伊勢(いせ)物語』『源氏小鏡(こかがみ)』『観世流謡本(かんぜりゅううたいぼん)』などで、ほとんどがわが国における重要な古典である。校訂作業も古典学者中院通勝(なかのいんみちかつ)らがあたったのですこぶる精密で、テキストとしての学術的価値はきわめて高い。[金子和正]
『和田維四郎著・刊『嵯峨本考』(1916) ▽川瀬一馬著『嵯峨本図考』(1932・一誠堂書店) ▽表章・江島伊兵衛編『図説光悦謡本 解説篇』(1970・有秀堂)』

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世界大百科事典内の嵯峨本の言及

【浮世絵】より

…近世に入ると,そうした信仰上の要請や布教の便宜のために用いられるばかりでなく,純然たる鑑賞用としての版画が生まれることになる。その早い例が,慶長年間(1596‐1615)の後半から元和年間(1615‐24)にかけて本阿弥光悦や角倉素庵ら京都の町衆が出版した版本,いわゆる〈嵯峨本〉の挿絵である。《伊勢物語》(1608刊)や《百人一首》(慶長年間刊)の挿絵は,大和絵風の素朴な墨摺絵で,技術的にはなお未熟ながら,一流の町衆文化人により企画されただけに優雅な趣を備えるものであった。…

【謡本】より

…宗が書写または出版した謡本は〈車屋本(くるまやぼん)〉と呼ばれる。1605‐15年には当時の謡の主流であった観世流の謡本がつぎつぎに出版され,特に桃山文化の逸品とされる豪華な〈光悦本〉(嵯峨本。100冊100番で一揃い)が著名。…

【絵本】より

…その境めの安土桃山時代初めに民衆画が現れて御伽(おとぎ)草子類を飾り,庶民に奈良絵本として売られたと考えられる。やがて印刷が始まり,衆に先がけて京都の角倉了以が本阿弥光悦とともに,いわゆる嵯峨本を刊行し(1608),その挿絵は以後の印刷本の見本になった。ヨーロッパでコメニウスが教育的図鑑《世界図絵》(1658)を出版したのにややおくれて,京都の儒者中村惕斎(てきさい)は同様の考えから《人倫訓蒙図彙(きんもうずい)》(1666)を著し,多くの追随者を生んだ。…

【本阿弥光悦】より

…金銀泥の下絵を施した料紙に調和した装飾美溢れる作品があり,おもなものに,〈木版下絵和歌巻〉〈四季草花和歌巻〉〈立正安国論〉などがあげられる。また角倉了以と協力して刊行した豪華な〈嵯峨本〉と呼ばれる,謡本や伊勢物語などの古典の一連の版本が名高い。琳派【木下 政雄】。…

【料紙装飾】より

… 平安時代以降,料紙装飾は全般に衰退してゆくが,安土桃山時代に至って中興の祖としてきわだつ存在となったのが本阿弥光悦である。みずからの書の料紙は華麗であり,また彼の協力で角倉素庵が刊行した〈嵯峨本(光悦本,角倉本)〉は,《源氏物語》などの古典や謡本を木活字で刷ったものだが,その料紙は具引きした紙に光悦の意匠した絵画的文様を雲母で刷って表している。また光悦の巻子本,色紙,短冊などの下絵は俵屋宗達が描いたといわれる。…

【琳派】より

… 刀剣の鑑定,磨砺(まれい),浄拭を業とする上層町衆の家に生まれた光悦は,寛永三筆の一人に数えられる書家であり,陶芸や漆工の分野でもたぐいまれな作品を遺した。また,雲母摺(きらずり)料紙装飾をともなった豪華な装丁のもとに日本の古典文学を出版した嵯峨本や,1615年(元和1)徳川家康から拝領した鷹ヶ峰の地に営んだ光悦村と呼ばれる芸術村など,傑出した芸術指導者としての一面ももっていた。琳派における総合性は光悦に端を発するものである。…

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