対称的にある体の器官で,左側のほうを右側よりもよく使う傾向がある場合,左利きという。手,足(どちらの足を先に前に出すか),眼(片目で見るときどちらの眼を使うか)などではっきりとみられるが,手にいちばんはっきりと現れる。左手で字を書いたり,はしを使ったり,ボールを投げる人は左利きである。左利きの人の数は時代や集団によって異なっているが,右利きに比べて左利きはつねに少数派で,その割合は0.2%から31%までばらついている。漢字を使う文化圏では少ない割合(1%以下)になる傾向がある。一般に両親が左利きであると左利きの子どもができやすい。片親が左利きの場合,左利きの子どもが,両親が右利きの場合よりもできやすい(すなわち家庭数に対する左利きの子どもの数の割合は,親が左左の場合は54%,親が右左の場合は20%,親が右右の場合は8%である)。また母親が左利きの場合のほうが,父親が左利きである場合よりも左利きの子どもができやすい。
左利きの発生は大脳の構造と働きの左右差とに関係がある。大多数の人では左脳は言語的,分析的,継続的な情報の処理を分担しているが,右脳は非言語的,直感的,空間的な情報の処理を分担している。左脳と右脳はそれぞれ,体の反対側の半分の運動と感覚を支配しているだけでなく,認知や思考の働きに関して左脳と右脳とのかかわり方に比重の違いがある。言葉の意味を理解する領域(側頭・頭頂領域,感覚性言語野)は,大多数の人で左脳のほうが右脳より大きく,右脳に比べて神経細胞の数が多く,それがつくる回路網が複雑である。右利きの人では,この側頭・頭頂領域が左脳で広い者が64%,右脳で広い者が16%,左右脳で差がない者が20%であるが,左利きでは,左脳で広い者が22%,右脳で広い者が46%,左右脳で差がない者が32%となる(ゲシュウィントN.GeschwindとレビツキーW.Levitzky,1968)。いいかえると,側頭・頭頂領域の解剖学的左右差は,左利きではなくなるか,右利きの場合とは逆になる人が多い。このことは機能的左右差と関係しており,言語機能が,右脳で行われている人や,左脳と右脳で行われている人が,左利きでは,右利きの場合よりも多いということである。脳の解剖学的左右差は胎児の脳にもみられるので,おそらく遺伝によって決まるのではないかと推測されているが,確かな証拠は今のところない。したがって左利きの成立にも遺伝的に決まっている面もあると推測される。
左利きの発生率が集団によって異なるということは,後天的な影響で,つまり学習によって左利きから右利きになった人がかなり含まれているということである。胎児のときに解剖学的左右差があるということは,左右の脳がどのように使われるかすでに決められているということを意味するが,脳の構造の左右差が生後の学習でどのように変容(たとえば左右差が逆転)するかはわかっていない。また,左利きを右利きに転換したことが脳の働きによい効果をもたらすのか,悪い効果をもたらすのか,決定的なことがいえるほどのデータはない。
ヒト以外の動物には利き手はみられない。どちらかの手(前肢)をよく使わせるようにしむけると,使わせた手をよく使うようになるが,別の動作のときにその手を使う傾向は必ずしもみられない。ただし類人猿の脳では,人間の脳ほど著明ではないが,解剖学的左右差が認められる。なぜヒトにだけ左利きが生じたのか,満足できる説明はない。
→左右優位 →右と左
執筆者:久保田 競
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
左手をはじめとする身体左側の器用さや運動能力が、右側のそれを上回ること。新生児では中枢神経系の未成熟のため左右の運動能に差はないが、2~3歳でしだいに個性化してどちらかの側の器用さが優位となり、利き手が確立する。まれに両側の運動能や器用さが対等の場合もあるが、これは両手利きとよばれる。利き手の原因は、どちらかの側の大脳半球の運動野が他側よりよく発達しているためと考えられ、これによって支配されている反対側の手足の器用さが勝ることとなる。左半球の運動野が優位な人は約65%と見積もられ、これが右利きの多数を説明するが、なぜ一側の運動野がとくに発達するかは明らかでない。ネズミによる実験でも左利きと右利きが認められたが、その比率には差がなかった。
しかし、利き手は、文化によっても優位性が変化する。日本をはじめ東アジア諸国では右側尊重の伝統が強いので、左利き矯正(きょうせい)への社会的圧力が高く、左利きは相対的に少なかったが、現代では野球を例にとると、左打ちが有利とみられるため、訓練による左打ちの打者が急増している。このように素質だけではなく、経験や学習によっても利き側は変わる。
[藤永 保]
『前原勝矢著『右利き・左利きの科学』(1989・講談社)』▽『スタンレー・コーン著、石山鈴子訳『左利きは危険がいっぱい』(1994・文芸春秋)』▽『宮沢秀次編著『自分でできる心理学――ばーじょんあっぷ』(1997・ナカニシヤ出版)』▽『びっくりデータ情報部編『「右」と「左」の気になる面白話』(1998・河出書房新社)』▽『大路直哉著『見えざる左手――ものいわぬ社会制度への提言』(1998・三五館)』▽『フェリシモ左きき友の会・大路直哉編著『左ききでいこう!――愛すべき21世紀の個性のために』(2000・フェリシモ出版)』
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…利き目では男性のほうが女性よりも右利きのものが多い。 利き手,利き足,利き目,利き耳について,右利きあるいは左利きというように二分法で記述されることが多い。しかし,人によってはどちらとも分類しにくい左右ともに利く人もおり,両者は二分されるものでなく,連続的なものと考える方が妥当とされている。…
…左右の手の機能分化それ自体は,二足歩行で可能となった手作業の複雑化が要請したものだが,そこにはつねに右手が主導的でなければならぬ理由はない。ニホンザルなどの類人猿にも手作業の左右分化は見られるが,交互に主導的となる手を変えることが多く,両手利き,右利き,左利きの差は個体的にも場合によっても流動的であり,そこに社会的規制はない。人間における右利き優越は,生理的制約や機能的理由によるというより,流動性のある左右分化を,象徴空間的な左右の意味の違いを社会成員が共有するために,社会的規制によって固定化させたものといえよう。…
…指は日本の手話法でも活躍している。 右利き,左利きは主として指の動作の巧拙できまる。人は生後まもなくは両利きだが,1歳に満たぬうちに利手がほぼ明らかになって生涯続くが,老齢になると利手の能力が衰えて再び左右差が少なくなる。…
※「左利き」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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