常陸坊海尊(読み)ひたちぼう かいそん

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

常陸坊海尊 ひたちぼう-かいそん

平安後期-鎌倉時代の伝説的人物。
源義経の家臣比叡(ひえい)山または園城(おんじょう)寺の僧ともいわれ,「源平盛衰記」「義経記」などにその名がみえる。弁慶(べんけい)とともに義経の都落ちにしたがうが,衣川の合戦をいきのび,不老長寿をえて源平合戦をかたりつたえたとされる。

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デジタル大辞泉の解説

ひたちぼうかいそん〔ひたちバウカイソン〕【常陸坊海尊】

秋元松代戯曲昭和35年(1960)にラジオドラマとして放送され、第15回芸術祭奨励賞を受賞。昭和39年(1964)に戯曲「マニラ瑞穂国」とあわせて刊行。第5回田村俊子賞を受賞。昭和42年(1967)には、ラジオドラマに加筆・訂正した舞台作品を初演、第23回芸術祭賞を受賞した。

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朝日日本歴史人物事典の解説

常陸坊海尊

生年:生没年不詳
平安末期の伝説的人物。荒尊とも。園城寺僧,また比叡山僧といわれる。源義経旧来の家臣だが,文治5(1189)年の衣川合戦に参戦せず失踪する。東北地方中心に生存説が多い。仙人となり,あるいは人魚の肉などを食して不老長寿となり,源平合戦や義経の物語を語るという。

(櫻井陽子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ひたちぼうかいそん【常陸坊海尊】

海尊を快賢,荒尊とするものもある。源義経の家臣。《源平盛衰記》巻四十二,延慶本《平家物語》第六末にその名が見え,前者ではもと叡山の僧であったとする。《義経記》では,もと園城寺の僧であったとし,義経の都落ちに同道して弁慶とともに大物(だいもつ)の浦で活躍し,衣川での義経の最期には,朝から物詣でに出て帰らず居合わせなかったとされる。同書では誰よりも先に逃げようとする海尊が,ほかに2,3ヵ所書かれていて,その背後に逃げ上手,生き上手としての海尊像がすでに成立していたものと思われる。

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大辞林 第三版の解説

ひたちぼうかいそん【常陸坊海尊】

平安末期の伝説的人物。源義経の従者として「源平盛衰記」「義経記」などに登場。武勇に秀で、武蔵坊弁慶と並び称せられる。のち仙人となったと伝えられ、様々な伝説を生んだ。

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