第二次世界大戦ののち、ニュルンベルクおよび東京で国際軍事裁判が行われ、ドイツおよび日本の戦争指導者が処罰されたが、その際、従来の戦時犯罪のほかに、平和に対する罪と人道に対する罪についても処罰の対象とされた。これらの裁判所の条例によれば、平和に対する罪とは、「侵略戦争を、若しくは国際法・条約・協定・誓約に違反する戦争を計画し、準備し、開始し、遂行したこと、又はこれらの行為を達成するための共同の計画や謀議に参加したこと」である。侵略戦争が違法であることは、すでに第一次大戦終了時以来確立してきていたが、それについて個人の刑事責任を問うことまでは予想されていなかった。そこで、軍事裁判所で平和に対する罪について処罰することは、事後法の適用であり、罪刑法定主義に反するという批判が生じた。しかし、1946年国連総会が平和に対する罪の処罰を含むニュルンベルク諸原則を確認し、その定式化の重要性を認めたことからも知られるように、現在では平和に対する罪が国際法上の犯罪であることは確立しているとみてよい。
[石本泰雄]
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…こうした戦時犯罪は,それを行った個人を捕らえた交戦国がその国家法益の侵害を理由に戦時中裁判にかけて処罰するもので,戦後にはもはや処罰しえないとみなされていた。 しかし,第2次世界大戦中,連合国側において,枢軸国の戦争犯罪人(侵略戦争に対する責任者を含む)を戦後厳重に処罰すべきことが主張され,従来の戦争犯罪すなわち戦争の法規および慣例の違反による〈通例の戦争犯罪〉のほか,〈平和に対する罪〉および〈人道に対する罪〉という新しい戦争犯罪の類型が認められることになった。ここに戦争犯罪概念の拡大と国際犯罪観念への質的転換の端緒がみられる。…
…ところが敗戦後の日本人は,みずからの手で戦争責任を厳しく追及することなく,今日に及んでいる。 連合国によって開廷された東京裁判(極東国際軍事裁判)(1946年5月3日~48年11月12日)は,(1)国際連盟,不戦条約,国際連合,日本国憲法第9条などに体現されてきた戦争を違法とする世界史の流れのなかで,〈共同謀議の罪〉という犯罪類型を導入し,初めて国家指導者の個人的な刑事責任を追及したこと,(2)〈平和に対する罪〉という新しい構成要件をつくりあげ,それを構成要件の筆頭にすえたこと,(3)〈文明の裁き〉というたてまえのもとに,〈殺人〉と〈通例の戦争犯罪および人道に対する罪〉を第2,第3の構成要件とし,十五年戦争の侵略的性格と日本軍の野蛮な残虐行為を具体的な証拠に基づいて白日のもとに暴露したこと,の3点において画期的な意義を有していた。しかし同時にこの軍事裁判は,(1)戦争の当事者である戦勝国が戦敗国を一方的に裁くという〈勝者の裁き〉であったばかりでなく,裁く側に過去4世紀に及ぶ過酷な植民地支配,アメリカによる原爆投下と都市無差別爆撃の戦時国際法違反,ソ連による日ソ中立条約侵犯と日本人捕虜のシベリア抑留問題などの汚点と弱点があったこと,(2)〈平和に対する罪〉は戦争違法観と指導者責任観とが結合されて第2次世界大戦末期に成立したが,これによって個人を重罰に処したことは法理上問題があり,また〈共同謀議〉という英米法でも問題の多い法概念で1928‐45年の事実を裁くことには無理があったこと,(3)裁判が事実上アメリカの日本占領政策の一環として行われたため,天皇の不起訴,真珠湾攻撃の観点が優越した被告人の選定,A級戦犯の責任追及の途中打切りなどの不十分な結果をもたらしたこと(戦犯),(4)日本の民衆の侵略戦争への荷担の責任がまったく問題にされなかったこと,などの弱さを有していた。…
…同協定に付属した国際軍事裁判所憲章(条例)によりニュルンベルク裁判が開廷され,のちに同憲章に準拠して東京裁判が開かれるのである。この変化の特色は,第1に,連合国の一部の指導者が唱えた枢軸国指導者の即決処刑という方式が排されて,国際裁判方式が採択されたこと,第2に,従来の戦時国際法に規定された〈通例の戦争犯罪〉に加えて,侵略戦争の計画・準備・開始・遂行等を犯罪とする〈平和に対する罪〉,戦前または戦時中になされた殺害・虐待などの非人道的行為を犯罪とする〈人道に対する罪〉が新たに国際法上の犯罪と規定され,それらの犯罪についての戦争指導者と目された個人の刑事責任を認めた点にあった。しかし他方で,ロンドン協定採択にいたる過程には,四大国の国家的利益や政治的要請が色濃く反映していた。…
…起訴された24名のうち,M.ボルマンは行方不明のため欠席裁判となり,R.ライは拘禁中に自殺し,またG.クルップは病気のため審理延期(のち1950年死亡)となった。 判決によれば,22名の個人被告中,8名が訴因1の〈共同謀議〉,12名が訴因2の〈平和に対する罪〉,16名が訴因3の〈戦争犯罪〉,同じく16名が訴因4の〈人道に対する罪〉について,それぞれ有罪を宣告された。すべての訴因について有罪とされた者と,一部の訴因についてのみ有罪とされた者とがある。…
※「平和に対する罪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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