江戸後期の狂歌師,戯作者,儒者。本名は立松懐之。字は子玉。通称は稲毛屋金右衛門。別号は秩都紀南子,東蒙,嘉穂庵。江戸内藤新宿の馬宿・煙草屋で,幼時から家業を助けるかたわら学問に励む。内山賀邸門下では四方赤良(よものあから),唐衣橘洲(からごろもきつしゆう),朱楽菅江(あけらかんこう)などと同門で,天明狂歌における古参狂歌師であり,その間戯作や浄瑠璃,儒学まで幅広く手がけた。一方事業家としては伊豆天城山の炭を売りひろめたり,北海道で越冬したりして,世人から山師と目された。編著は読本《水濃行方》,滑稽本《当世阿多福仮面》,紀行《東遊記》,洒落本《駅舎三友》,狂歌《狂歌師細見》《狂歌百鬼夜狂》,随筆《莘野茗談(しんやめいだん)》等。〈男なら出て見よ雷(らい)に稲光(いなびかり)横に飛ぶ火の野辺の夕立〉(《万載狂歌集》)。
執筆者:森川 昭
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江戸中期の戯作(げさく)者、狂歌作者。本名立松懐之、字(あざな)は子玉(しぎょく)、号東蒙、嘉穂庵(かすいあん)、通称稲毛屋金右衛門(きんえもん)。筆名平秩東作は『書経』に拠(よ)る。内藤新宿で煙草(たばこ)屋を営むかたわら文筆をよくし、平賀源内(げんない)に追随して談義本『水の往方(ゆくえ)』を著してのち、四方赤良(よものあから)(蜀山人)、唐衣橘洲(からころもきっしゅう)らと江戸狂歌草創に参加し、洒落本(しゃれぼん)『駅舎三友(えきしゃさんゆう)』など戯作にも活躍した。江戸文芸に町人の先駆者としての役割を果たす一方、平賀源内に似た事業家肌から田沼政権に接触し、蝦夷(えぞ)(北海道)で越冬した見聞集『東遊記』や『歌戯帳(かぎちょう)』があるが、田沼政権の崩壊につれて罪を得た。その自由人的な心境は、「井蛙」の題の一首「身を守るかくれ所はこゝこそとちゑを古井に蛙(かはづ)なくなり」からもうかがわれる。
[浜田義一郎]
(中野三敏)
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…当時古今稀有(けう)の大酒とうたわれた江戸大塚の地黄坊樽次と武州大師河原の大蛇丸底深とがそれぞれ酒友門人をひきいて酒量を競い合ったもので,一方の大将であった樽次こと医師茨木春朔がその模様を《水鳥記》なる戯文にものしている。1815年(文化12)10月江戸千住の中屋六右衛門宅での酒戦記は平秩東作(へずつとうさく)が書いているが,17年3月23日に江戸柳橋の料亭万八楼で開かれたものは,まさに興行の名にふさわしい大酒大食会であった。この会は酒,菓子,飯,うなぎ,そばの5組に分かれて量を競ったが,それぞれの最高は,酒が3升入り杯で6杯半,菓子はまんじゅう50,ようかん7さお,薄皮餅30,飯は〈常の茶漬茶碗にて万年味噌にて茶づけ香の物ばかり〉で68杯,うなぎはこれも茶漬にしたが,代価金1両2分の蒲焼と飯が7杯,そばは平盛りの二八そばで63杯であったと,書家の関東陽が《兎園小説》に書いている。…
※「平秩東作」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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