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式守伊之助 しきもりいのすけ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

式守伊之助
しきもりいのすけ

年寄伊勢ノ海 (1代) 家から出た相撲行司の名家。木村庄之助に次ぐ立行司 (たてぎょうじ) で,土俵上で草履,短刀が許され,大関格の紫分 (むらさきわけ) 紐の軍配団扇 (うちわ) を持つ。

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百科事典マイペディアの解説

式守伊之助【しきもりいのすけ】

相撲の立(たて)行司。木村庄之助の次位。式守家は力士の初代伊勢ノ海五太夫が1729年に行司家を創立し,式守五太夫を名乗ったことに始まる。伊之助の初代〔1743-1822〕は本名谷伊之助。

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世界大百科事典 第2版の解説

しきもりいのすけ【式守伊之助】

相撲の立(たて)行司名。木村庄之助の次位。行司式守家は,初代伊勢ノ海五太夫が,1729年(享保14)相撲家元吉田追風の故実門人となり,行司家の創立を許されて,式守五太夫を名のったことに始まる。伊勢ノ海は年寄と行司家の両資格をもち,力士と行司を養成,その第1号が伊之助(1743‐1822)である。伊之助は67年(明和4)3月番付に初めて名を出すが,初土俵は不明。静岡県南伊豆町小稲の生れで本名谷伊之助。

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大辞林 第三版の解説

しきもりいのすけ【式守伊之助】

相撲の立行司たてぎようじの名。木村庄之助に次ぐ位。 → 立行司

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

式守伊之助
しきもりいのすけ

職業相撲(すもう)の立行司(たてぎょうじ)の名のりで、木村庄之助(しょうのすけ)の次位。1767年(明和4)、年寄初代伊勢ノ海五太夫(いせのうみごだいゆう)が行司式守家を創立し、行司に関するときは式守五太夫と称し、行司木村庄之助一派と別の一派を設けた。江戸行司は長く木村・式守の2家であったが、1911年(明治44)木村庄三郎が式守伊之助(10代)を襲名してから2家の区別はなくなり、伊之助から庄之助に昇格する道が開かれた。現在は庄之助(2003年現在31代目)・伊之助(2003年現在33代目)の2人が立行司で、横綱・大関の勝負を審判する。[池田雅雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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