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後藤得三 ごとうとくぞう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

後藤得三
ごとうとくぞう

[生]1897.1.17. 大阪
[没]1991.7.22. 東京
能楽師,喜多流シテ方。 15世宗家喜多実の実兄。 1909年,14世宗家喜多六平太に入門,同 1909年仕舞『小鍛冶』で初舞台。 1924年『道成寺』を披 (ひら) く。 1963年日本芸術院賞受賞,1970年重要無形文化財保持者認定,1982年日本芸術院会員。師の談話を筆録した『六平太芸談』 (1942) のほかに著書『後藤得三芸談』 (1985) がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

後藤得三 ごとう-とくぞう

1897-1991 昭和時代の能楽師シテ方。
明治30年1月17日生まれ。弟の喜多実(みのる)とともに喜多流14代喜多六平太心に師事。明治42年初舞台。戦後,ベネチア,パリでも公演。90歳をすぎても能を演じた。昭和45年人間国宝,57年芸術院会員。平成3年7月22日死去。94歳。大阪出身。著作に「後藤得三芸談」。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

後藤得三
ごとうとくぞう
(1897―1991)

能の喜多流シテ方。大阪生まれ。12歳で喜多六平太(ろっぺいた)に入門。師に終始師事し続け、その気合いの鋭さの継承を温雅な風格に包み込んだ芸風。1970年(昭和45)重要無形文化財保持者の認定を受け、82年日本芸術員会員となる。金春(こんぱる)流の桜間(さくらま)道雄と同年生まれで、ともに80代の演者が第一線でありうることを舞台に実証した能役者である。喜多実(みのる)(喜多流15世宗家)の兄。[増田正造]
『後藤得三・大河内俊輝編『後藤得三芸談』(1985・ペリカン社)』

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世界大百科事典内の後藤得三の言及

【喜多流】より

… 明治初期の家元にその人を得なかったため,伝来の面・装束を失ったことは惜しまれるが,14世六平太能心が幼くして家元を継承,浅野,井伊,藤堂,山内など旧藩主の後援と,紀喜和(旧津軽藩),松田亀太郎(旧水戸藩),梅津只円(旧福岡藩)らの助力によって流勢を盛り立て,また変幻自在のわざの切れは近代の名手とたたえられた。現在の家元は15世喜多実(みのる)(六平太の養子),ほかに重要無形文化財保持者各個指定(人間国宝)の後藤得三(実の兄),友枝喜久夫,粟谷新太郎,喜多長世(実の子)らが流儀を支えている。1983年現在,公認の玄人数は全国で約50名,五流中最も少ない。…

【喜多六平太】より

…1947年芸術院会員,53年文化勲章受章,55年重要無形文化財保持者各個指定(人間国宝)に認定。後継者に逸材が多く,養嗣子15世宗家喜多実(1900‐86),その実兄で人間国宝の後藤得三(1897‐1991),友枝喜久夫(1908‐96)らがいる。著書に《六平太芸談》がある。…

※「後藤得三」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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