〈ごさいえ〉〈おさいえ〉とも呼ぶ。宮中御斎会のこと。南都三会の一つ。新春の宮廷仏事として毎年1月8日から7日間,大極(だいごく)殿に斎(とき)を設けて本尊盧遮那仏,観音・虚空蔵の2菩薩,四天王像を安置し,《金光明最勝王経》を講説して国家の安寧を祈願した法会。創始については766年(天平神護2)説と768年(神護景雲2)説があるが,以後年中行事として恒例化し,〈年中行事第一の大事〉とさえいわれた。講師には前年興福寺維摩(ゆいま)会の講師を勤めた僧を充てることが839年(承和6)12月の勅で決まり,恒例化した。《延喜式》玄蕃寮の項に詳細な規定があり,講師・読師・咒願師各1人,法用僧4人,聴衆25人のあわせて請僧32人と従僧34人によって構成されたという。読師は内供奉十禅師や智行具足の僧,聴衆は南都六宗の学僧を主体として,諸寺の学僧を請じて行われた。813年(弘仁4)には結願の14日に高徳学僧11人を紫宸殿に招いてさらに論義を行わせたが,これが恒例化していわゆる内論義(うちろんぎ)と称せられた。鎌倉時代以後,南北朝の抗争などで衰微し,室町時代に至って中絶した。当会に請ぜられた僧の衣躰の詳細については《延喜式》縫殿寮の項に規定がみえ,《雲図抄》には道場図が収められて盛儀のほどがうかがわれるが,僧に対する布施も莫大なものであったらしく,〈布施物を以て,殆ど一堂を建つ。近代の陵夷なり〉とさえ批判された。
執筆者:堀池 春峰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
「みさいえ」ともいう。宮中で行われた法会。正月8日から14日までの7日間、国家安寧(あんねい)、五穀豊穰を祈って大極殿(だいごくでん)で僧に斎食(さいしょく)を供養(くよう)し、『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』を講ぜしめたもの。経の講始は680年(天武天皇9)と早いが、斎会の成立は768年(神護景雲2)称徳(しょうとく)天皇のときである。813年(弘仁4)にはこの法会の結願(けちがん)の日に天皇の御前で経文の論議を行う内論議(うちろんぎ)が設けられた。新年恒例の宮中行事であったが、室町時代に中絶した。維摩会(ゆいまえ)、最勝会(さいしょうえ)とともに南京(なんきょう)三会の一に数えられた。真言秘密の法会(ほうえ)である後七日御修法(ごしちにちのみしほ)と顕密(けんみつ)相対する。
[西山蕗子]
「みさいえ」とも。南都三会(さんえ)の一つ。また宮中の重要な年中行事の一つ。正月8日から7日間,宮中に僧を招いて大極殿(だいごくでん)などで「金光明(こんこうみょう)最勝王経」を講じて国家の安穏などを祈る。奈良時代に始まり,9世紀に入ると恒例の行事となり,内論義(ないろんぎ)と称する同経をめぐる問答形式の論義を加えた。また南都三会の講師(こうじ)を勤めた僧を已講(いこう)と称し,僧綱(そうごう)に任命される慣例もできた。室町時代になって途絶えた。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…〈ごさいえ〉〈おさいえ〉とも呼ぶ。宮中御斎会のこと。南都三会の一つ。…
…〈ごさいえ〉〈おさいえ〉とも呼ぶ。宮中御斎会のこと。南都三会の一つ。…
…著名なものに毎年正月8日から14日の7日間にわたって行われた宮中大極殿の最勝会がある。これは宮中最勝会とか御斎会(みさいえ)と称せられ,《初例抄》では766年(天平神護2)より恒例化し,宮中での年中行事中,第一の大会といわれた。また薬師寺の最勝会は830年(天長7)6月薬師寺仲継の発議により当寺の教学興隆に資するため,檀主直世王の上奏により始められた。…
※「御斎会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新