戸畑区(読み)トバタク

デジタル大辞泉 「戸畑区」の意味・読み・例文・類語

とばた‐く【戸畑区】

戸畑

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日本歴史地名大系 「戸畑区」の解説

戸畑区
とばたく

面積:一六・六六平方キロ

現北九州市域の中央北部に位置する。北は響灘、北から西は洞海どうかい湾に面し、東は小倉北区、南は八幡東やはたひがし区、西は洞海湾を隔てて若松わかまつ区に接する。海辺に半ば突出した岬状の地形で、背後は筑紫ちくし山地末端にあたる丘陵性の小山地が起伏する。標高の最高は金比羅こんぴら山の一二六・二メートル。近世には遠賀おんが郡戸畑村・中原なかばる村の二村からなり(「続風土記拾遺」など)、両村は江戸時代を通じて福岡藩領であった。明治二二年(一八八九)の町村制施行により、この両村が合併して遠賀郡戸畑村となった。同三二年戸畑村に町制が施行され、大正一三年(一九二四)には戸畑町が市制を施行。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「戸畑区」の意味・わかりやすい解説

戸畑〔区〕
とばた

福岡県北東部,北九州市の中央にある区。1924年市制して戸畑市となる。1963年戸畑市,小倉市,門司市,若松市,八幡市の 5市が合体して北九州市となり,戸畑市は北九州市戸畑区となった。洞海湾口にあたる戸畑港は,筑豊炭田の開発に伴い,石炭積出港である若松の補助港として利用されていたが,港湾設備が完備されてから若松港に代わり石炭積出港として発展。周辺には,明治末期から大正初期にかけて金属,紡績,ガラスなどの大工場が進出。昭和初期には共同漁業(→日本水産)の基地となり,漁港としても躍進。第2次世界大戦後は,埋立地が造成され,銑鉄一貫設備をもつ大工場が立地し,大製鉄都市となった。産業構造の近代化をはかるため,北九州テクノセンターが設置されている。戸畑祇園大山笠は国の重要無形民俗文化財に指定されており,2016年に「山・鉾・屋台行事」の一つとして国際連合教育科学文化機関 UNESCO世界無形遺産に登録された。一枝の旧松本家住宅は国の重要文化財で,特にアール・ヌーボー様式を取り入れた洋館は有名である。夜宮の大珪化木は国の天然記念物。面積 16.61km2。人口 5万7494(2020)。

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