契約を結ぶにあたって当事者の一方から他方に対して交付される金銭その他の有価物(法律上は〈手附〉と書く)。契約の成立に必須のものではなく,つねに交付されるとは限らない。さまざまな種類の契約において用いられているけれども,売買に際して買主から売主に対して交付されることが多く,不動産売買においてはとくにしばしばみられる。交付されるのは金銭であることが通常であり,このためそのような金銭を手付金または手金ということもある。
手付にはその交付の目的によって次の3種類がある。(1)証約手付 契約が成立したことの証拠として交付されるもの。契約が口頭の約束だけで成立したような場合には,手付の交付に関する証拠,たとえば手付金の領収書により契約の成立を証明することができる。(2)違約手付 当事者の債務不履行が,将来発生したときに備えて,そのときの違約金として交付されるもの。たとえば,買主が代金を支払わないとき,売主が違約金として手付金を没収するのはこれに当たる。(3)解約手付 当事者が契約を自由に解除する権利を留保するために交付されるもの。契約がいったん成立した以上,契約当事者は相互に契約を守るべき義務を負い,相手方に債務不履行がない限り,契約を解除することができないのが原則である。しかし,当事者の合意によって解除権を留保することは可能である。解約手付が交付されている場合には,当事者は相互に手付相当額の損失だけで,任意に契約を解除することができる。たとえば,買主が売主に10万円の手付を交付している場合に,買主としては10万円の手付を放棄することによって契約を解除することができ,また,売主は買主に受領した手付の2倍額たる20万円を返還することによって(したがって,売主の実質的負担は10万円である)契約を解除することができる。この関係を〈手付損倍返し〉ということもある。なお,証約手付は手付としての最低限の効力と解されており,他の手付の種類と矛盾するものではない。したがって,手付には,単なる証約手付である場合,証約手付と違約手付とが併存している場合および証約手付と解約手付とが併存している場合とがあることとなる。
民法は手付を原則として解約手付であると規定し,〈手付損倍返し〉の原則を定めている(557条。売買についての規定だが,559条によってその他の有償契約にも準用される)。この条項によれば,当事者が自由に解除することができるのは〈履行ニ著手スル〉までと定められている。解除権を留保しているとはいえ,相手方が債務の履行を開始してしまったのに(たとえばオーダー・メードの家具の販売において製造を開始したとき)手付損倍返しだけで解除を認めることは適切ではないからである。なお,宅地建物取引業者が関与した不動産取引については,手付はつねに解約手付としての性質を有すること,また売買代金の20%をこえる高額の手付の受領禁止が定められている(宅地建物取引業法39条)。
実際の取引においては,手付の交付のことを手付を打つ,あるいは手付を入れるなどということもある。時として,手付を打っておいたからだいじょうぶというのは,手付を交付した以上,相手方としては手付額相当分の損失を覚悟しなければ契約関係を解消できないのだから,契約が確実に守られることを期待できるという意味である。逆に,まだ手付しか打っていないからだいじょうぶというのは,手付を交付し,契約は成立したものの,手付相当額の損失さえ覚悟すればいつでも契約関係を解消することができるという意味である。これらはともに手付の解約手付としての性質に着目したものである。このように解約手付は契約を確実なものにする側面と不確実なものにする側面とをあわせて有しているといえよう。このような解約手付としては,売買の場合には,買主から売主に対して売買代金の1割程度の金員が交付されることが多いようである。
手付と区別を要するものに内金,前払金(広く取引一般に関して用いられるが,割賦販売法では前払式特定取引として特別の規制を受けている(割賦販売法35条の2)。また,建設工事契約においては前払金の有無,支払方法等は契約書上記載されるべきこととされている(建設業法19条)。なお,建設工事契約では前渡金(まえわたしきん)/(ぜんときん)とも呼ぶ)および申込証拠金とがある。これらのうち,内金は代金の支払そのものであるから,契約締結の際に交付されるとは限らず,また,内金を放棄して契約を解除することもできない。前払金も,内金と同様に代金の全部または一部の支払そのものであって,売買においては物の引渡しの前に,請負においては仕事の完成の前に支払われるために,このように呼ぶにすぎない。いずれも代金の支払である以上,契約の成立以後に支払われるものであることはいうまでもない。これに対して申込証拠金は,住宅・マンション等の分譲契約において買受希望者が不動産業者または売主に交付する比較的少額の金員であって(多くは5万円前後),その交付目的は単なるひやかし客ではなく,物件の購入を真剣に考慮していることを示すためであり,契約が未成立の時点で交付される点で手付とも内金等とも根本的に性質を異にする。
執筆者:栗田 哲男
江戸幕府の郡代・代官の属僚。寛政年間(1789-1801)以降御家人から任用されたが,譜代席は世襲,抱(かかえ)席は一代限りの別があった。職務上は手代と同じであるが,身分は幕臣で安定していた。郡代・代官の推薦によったが勘定所の管轄にあった。手付は手代とともに江戸詰,代官所詰に分かれて常駐し,元締手付は役所内の実務の責任者であった。江戸後期には昇進して登用される者もいた。ほかに寺社奉行,勘定吟味役などの下吏も手付と称した。
執筆者:村上 直
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
売買その他の有償契約の締結の際に、当事者の一方から他方に対して交付される金銭その他の有価物をいう。実際上は、金銭交付の場合が多く、手金、手付金、前渡金などといわれることもある。手付には、契約当事者が解除権を留保するための解約手付と、債務不履行に備えて、違約したときには没収される違約手付とがある。そして、これらの手付には、当事者間で契約が成立したことを証する効力が認められる(証約手付)。民法は、特約がない限り原則として解約手付と推定している(557条1項)。
手付と対比されるものとして、内金(うちきん)が存する。内金とは、金銭債務の全額を弁済せずに、その一部のみを弁済としてなす給付である。内金を入れることは、少なくとも契約が成立した証拠となるから、証約手付と同様の作用をもつが、解約手付のように解除権を有するものではない。内金か手付かの判断は、使用されている文言にとらわれることなしに、契約の全趣旨から判断されなければならない。解約手付では、手付を交付した者は、それを放棄して、解除をなすことができる。一方、手付を受け取っている者も、その手付の倍額を償還して、解除をすることができる。もっとも、この解除は、当事者の一方が契約の履行に着手するまでに、なされなければならない。なお、契約が解除されることなく、履行が終了すれば、手付は返還されることとなる。ただ、手付と債務の履行として給付されるべきものが、同一の性質を有する場合には、そのまま弁済の一部に充当されることが多い。
[竹内俊雄]
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…原旋律(本手)に対して別に作られた旋律をいい,とくに地歌,箏曲,長唄に多い。地歌では,同一曲にいくつもの異なる手付け(三味線で演奏する部分の作曲)がなされた場合に,その第2次以降の手をいったが,そのなかで原旋律に対して旋律的またはリズム的に異音性の強いものは,本手との合奏が行われるようになり,異なる楽器に移して演奏されるようにもなった。とくに箏に移されて,三味線の原曲と合奏されるものを替手式の箏の手という。…
…【土田 英三郎】
[日本音楽]
〈作曲〉という言葉はヨーロッパ諸語からの訳語として明治初期以来使われるようになり,用語が定着するにつれ,概念もヨーロッパ風に変化していった。それ以前から伝統的に用いられていた言葉として〈節付〉〈手付〉があるが,その基本的な概念は歌詞に〈節(ふし)〉を付けたり,さらに楽器奏法としての〈手〉を付けるというように様式的に拡大していくことが眼目となっている。その延長上には〈振付〉をして舞踊にまでひろげる場合も含まれている。…
…音楽,舞踊では,特定の技法から転じて,その型ないしその型による特定の部分ないし楽曲をもいう。 音楽では,節(ふし)が声楽面についていうのに対して,手は器楽面についていうことが多く,手付(てつけ)(器楽部分の作曲・編曲。節付に対する),手組(てぐみ)(リズム型ないしその組合せ),手事(てごと),合の手,本手(ほんて)と破手(はで)(派手),本手と替手(かえて)などの派生語を生ずる。…
…これによって,あらためて解除の意思表示をすることなく,その期限の経過によって契約は解除される。 なお,売買契約,とくに不動産売買においてしばしばみられるように契約締結に当たって手付けが授受されたときには,原則として,当事者は手付金額分を一種の損害賠償として損をすることによって,相手方が債務の履行を開始するまでの間は解除原因も催促もなしに解除することができる(民法557条)。また,月賦による売買契約あるいは訪問販売等による売買契約のように消費生活と密接に関連する取引に関しては,消費者保護のために原則として契約成立後も8日以内であれば,消費者側から解除原因なしに解除することができる(割賦販売法4条の3,訪問販売法6条など。…
※「手付」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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