扶養とは、一般に自己の資産または労働によって生活しえない者および自ら労働しえない者に対する生活上の援助をさし、私法上は、以上のうち一定の親族関係に基づくもののみをさす。
[山本正憲]
親族間の扶養(親族扶養)にも、親が未成熟の子を養う場合や、夫婦が互いに養う場合のように、たとえ自分の生活に余裕がなくても、相手が困っておれば一片のパンでも分け合うという程度に強度な扶養と、それ以外の親族間の、自分の生活に余裕がある場合に限って、生活に困窮している相手を養わねばならない程度の扶養との区別がある。前者を生活保持の義務、後者を生活扶助の義務とよぶのが普通である。夫婦間の扶養義務は、夫婦が同居し、互いに協力扶助しなければならないことから、当然出てくるものであり、親の未成熟児に対する扶養義務は、未成熟子を監護・養育すべき親たる身分から当然に出てくるものである。
それ以外の親族間の扶養について、民法は、直系血族と兄弟姉妹は互いに扶養する義務があり(当然扶養義務者)、家庭裁判所は特別な事情があるときは、さらに三親等の親族間においても扶養義務を負わせることができる(審判による扶養義務者)としている。ここにいう直系血族とは、親の未成熟子に対する関係を除いたものをさし、兄弟姉妹とは半血の(片親が違う)兄弟姉妹を含む。また、三親等の親族としては、主として姻族一親等(嫁婿と舅姑(しゅうとしゅうとめ))、血族三親等(伯叔父母と甥姪(おいめい))が問題となろう。
生活困窮者が多く、扶養義務者がその資力で全員を扶養できないような場合に、まずだれから扶養したらよいか、その順序、あるいは扶養能力のある者が多数ある場合に、まずだれが扶養しなければならないか、その順序、さらにどのような方法で、どの程度に扶養しなければならないかについては、すべて当事者の協議によるものとし、協議が調わないとき、または協議をすることができないときは、家庭裁判所が定めることにし、さらに事情が変更すれば、家庭裁判所がその協議または審判を変更したり、取り消したりすることができるとしている。
扶養を受ける権利(扶養請求権)は、その人自身に基づいたものであるから、債権者といえどもかわって行使することができず、また相続されず、譲渡したり、担保に入れたり、放棄することも許されない。
[山本正憲]
国籍や常居所を異にする家族の間での扶養については、いずれの国の法律によってその権利義務を定めるのかが問題となる。日本は、ハーグ国際私法会議の作成した「扶養義務の準拠法に関する条約」(1973年署名、1977年発効)を1986年(昭和61)に批准し、これを国内法化して、「扶養義務の準拠法に関する法律」(昭和61年法律第84号)を制定している。日本は、これに先だち、同じくハーグ国際私法会議の作成した「子に対する扶養義務の準拠法に関する条約」(1956年署名、1962年発効)を批准しているが(昭和52年条約第8号)、これは子に対する扶養だけを対象とし、かつ、締約国の法律が指定される場合のみ適用するという相互主義の制約が課されていたため、それらの制約のない前記の1973年条約が作成され、日本はこれも批准した。両条約の内容は抵触する部分があるが、1956年条約のみの締約国との関係では同条約の規定が適用され、その他の場合はすべて1973年条約の規定によることになる。
「扶養義務の準拠法に関する法律」によれば、夫婦、親子その他の親族関係から生ずる扶養義務は、扶養権利者の常居所地法による(同法2条1項本文)。ただし、その法律によれば扶養を受けられないときは、当事者の共通本国法により(同法2条1項但書)、さらに、それによっても扶養を受けられないときは、日本法による(同法2条2項)。もっとも、傍系親族(伯叔父母や甥姪(おいめい)など)間または姻族(配偶者の血族および血族の配偶者)間の扶養義務については、当事者の共通本国法または扶養義務者の常居所地法によれば扶養義務を負わないことを理由として異議を述べたときは、扶養義務は否定される(同法3条1項)。なお、離婚した当事者間の扶養義務については、離婚について適用された法による(同法4条1項)。このようなやや複雑な法の適用関係が規定されているのは、扶養権利者と扶養義務者との間の利害のバランスをとった結果であり、一方では扶養権利者の利益保護のため、三つの準拠法(権利者の常居所地法、当事者の共通本国法、日本法)のいずれかで扶養を受ける権利が認められていれば、扶養を受けられることとしているが、他方で、あまり近い関係にない者の間(傍系親族間または姻族間)では、前記のいずれかの法律によれば扶養義務ありとされても、共通本国法または扶養義務者の常居所地法によれば扶養義務がないとされていれば、異議を述べることによって扶養義務は否定される。なお、ここでいう「共通本国法」とは、扶養権利者と扶養義務者とがそれぞれ有する国籍のなかに一致するものがあれば、その国の法律をさすものとされている。たとえば、日本とフランスの二重国籍者とフランスとドイツの二重国籍者の間の共通本国法はフランス法である。これは、日本の国際私法典である「法の適用に関する通則法」(平成18年法律第78号)で婚姻や親子関係の準拠法決定基準として用いられている「同一本国法」が、各自について一つの本国に絞り込み(同法38条1項)、それが一致する場合にのみ同一本国法ありとされるのとは異なる。
なお、公的機関が扶養権利者に対して給付を行った場合に、扶養義務者にその費用の償還を請求できるか否か、できるとすればその限度、期間などをどうするかといった問題は、その公的機関が従う法による(扶養義務の準拠法に関する法律5条)。これは、そもそも扶養の問題ではなく、行政法上の問題であり、日本の機関については日本法が適用される(生活保護法77条1項、児童福祉法56条1項、老人福祉法28条1項)。
[道垣内正人 2022年4月19日]
扶養請求訴訟をどこの裁判所に提起できるかという手続上の問題は、国際的な扶養においては深刻かつ場合によっては決定的な問題となる。扶養を必要としている扶養権利者が外国に居住する扶養義務者に対して扶養請求をするために、その外国まで行って訴訟をしなければならないとすれば、その費用負担は大きく、事実上救済の途(みち)を閉ざすことになりかねないからである。この点に配慮して、家事事件手続法第3条の10は、夫婦、親子その他の親族関係から生ずる扶養の義務に関する審判事件について、扶養義務者であって申立人でないもの、または扶養権利者の住所(住所がない場合または住所が知れない場合には、居所)が日本国内にあるときは、日本の裁判所が管轄権を有する旨定めている。
また、ある国での裁判によって扶養請求を認められた者が、他の国に居住する扶養義務者の財産に対してその判決に基づく強制執行をすることができるか否かも重要な問題となる。これが否定されれば、判決は無意味になるからである。この点、家事事件手続法第79条の2により外国裁判所の家事事件についての確定した裁判(これに準ずる公的機関の判断を含む)については民事訴訟法第118条が準用される。また、執行については民事執行法第24条によることになる。
[道垣内正人 2022年4月19日]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…ただし,悪意の遺棄の意味は,離縁原因の場合と,離婚原因の場合で異なっている。前者の場合には扶養義務の違反を意味する(ただし,特別養子(〈養子〉の項目参照)の場合については事情が異なる)のに対して,後者の場合には,扶養義務を履行していても,相当の理由なく同居義務に違背していれば,それだけで離婚原因となる。またいずれの場合にも,扶養義務の不履行が問題とされるのは,近代市民家族法が,基本的には資本主義的財産制度の一環に位置づけられている結果といえよう。…
… 民法上のものは,特定の規定によって一定範囲の親族に限定されている。たとえば,同居・協力・扶助の権利・義務は夫婦間について(752条),子の監護・教育の権利・義務は親と未成年の子の間について(818,819条および820条以下),扶養義務は原則として直系血族と兄弟姉妹の間について(877条),近親婚の禁止は直系血族と三親等内の傍系血族について(734条),相続権は子・直系尊属・兄弟姉妹・配偶者について(887,889,890条)のみ認められている。また民法外の効果では,たとえば,窃盗・詐欺・横領などの罪について直系血族・配偶者・同居の親族の間においては刑は免除され(刑法244条(親族相盗),251,255条),刑事裁判では配偶者・三親等内の血族および二親等内の姻族は証言拒否権を認められ(刑事訴訟法147条),民事裁判でもほぼ同じ権利が認められている(ただ民事訴訟法196条では配偶者,四親等内の血族および三親等内の姻族となっている)。…
※「扶養義務」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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