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押領使 おうりょうし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

押領使
おうりょうし

令外官で,平安時代,諸国の凶徒鎮圧のため設けられた。国司郡司中から選任。初めは臨時職であったが,承平・天慶の乱の頃から常設となった。

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百科事典マイペディアの解説

押領使【おうりょうし】

平安時代諸国に設置された令外官(りょうげのかん)の一つ。押領は引率するの意。地方の内乱や暴徒の鎮定,盗賊逮捕などに当たる。
→関連項目藤原秀郷

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世界大百科事典 第2版の解説

おうりょうし【押領使】

日本古代の軍事官職の名称。押領は引率するという意味であり,押領使は兵員を引率して戦場に向かうことを職掌とした政府直属の官職である。初出は平安時代初頭の792年(延暦11)のことで,いわゆる令外官であった。平将門藤原純友の乱のときにこれを鎮圧する官職として活躍したことが知られるが,このころより以後常置となり,しかも政府直属ではなく,地方国衙所属として文献に見えている。元来は政府直属であったものが,地方の治安の乱れにともなって国衙にもこの職が設置され,諸国の治安の維持にあたった。

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大辞林 第三版の解説

おうりょうし【押領使】

平安時代の官名。地方の暴徒の鎮圧、盗賊の逮捕などにあたった。初め、令外りようげの官として国司・郡司・土豪などから臨時に任命したが、天暦(947~957)の頃から常置の官となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

押領使
おうりょうし

平安時代に設置された令外官(りょうげのかん)。初めは兵員を統率して戦地に向かうことを職掌とし、のち実戦にあたり、また地方の治安の維持にもあたった。史料上の初見は795年(延暦14)で、9世紀後半の蝦夷(えぞ)との戦闘にも活躍している。本格的に実戦に参加したのは承平(じょうへい)・天慶(てんぎょう)の乱(935~941)のときであり、下野(しもつけ)国押領使藤原秀郷(ひでさと)は乱の政府側勝利の原動力となった。このころから各国に個別に置かれ始め、常置の職として国内の治安の確保にあたった。その国の国司が兼務する場合と、土豪が任命される場合とがあったが、後者が一般的となった。また荘園(しょうえん)にも押領使が置かれ、荘園内部の検察などにあたったようである。鎌倉幕府の総追捕使(そうついぶし)(守護)は、名称のうえでは追捕使を受け継いでいるが、職掌のうえでは押領使とつながるところが多い。[井上満郎]
『井上満郎著『平安時代軍事制度の研究』(1980・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の押領使の言及

【押領】より

…《続日本紀》天平宝字3年(759)11月辛未条に,〈国別ニ二千已下ノ兵ヲ差発シ,国司精幹ノ者一人ヲ択ミ,押領セシメテ速ニ相救援セヨ〉とある。のちの押領使という官職は,この意味での押領からきている。 元来漢語の〈押〉には,〈おす〉のほか,〈とりしまる〉〈たすける〉などの意味があり,〈強いる〉という意味はほとんどなかったが,日本の古代語の〈おす〉には〈強いる〉意味があり,この言葉に〈押〉の漢字があてられたところから,日本語で用いる〈押〉には強制的なニュアンスがこめられるようになった。…

※「押領使」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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