神楽などで舞人が手にして舞う神聖な物。本来は神の降臨する依代(よりしろ)とされ,それを採って舞うことは清めの意味があり,同時に舞人が神懸りする手だてともなる。天の岩戸における天鈿女(あめのうずめ)命の神懸りも,笹葉を手草(たぐさ)に結ったとか(《古事記》),茅(ち)を巻いた矛を手に俳優(わざおぎ)した(《日本書紀》)とあり,採物を用いていたことが知られるが,採物の名称は平安時代の御神楽(みかぐら)歌に見えるのが早い。宮廷の御神楽では,榊(さかき),幣(みてぐら),杖(つえ),篠(ささ),弓,剣(つるぎ),鉾(ほこ),杓(ひさご),葛(かずら)の9種が歌にうたわれているが,実際にそれを採って舞うことは早くにすたれたらしい。ただ榊のみは鏡の象徴とされる白い輪をつけた一枝を,神楽の進行役である人長(にんぢよう)が採って舞うことが残る。採物歌はいずれも本方(もとかた)・末方(すえかた)に分かれて短歌形式の歌を掛け合うが,その句頭や笏(しやく)拍子は堂上家が担当した。
民間の神楽の採物舞は,諸曲に先立ち直面(ひためん)の者が舞う場合が多く,島根県鹿島町の佐陀神能(さだしんのう)では,採物舞7番を七座の神事と称し,神能や《三番叟》の前に舞い,採物の種類も鈴,茣蓙(ござ)などが加わる。愛知県奥三河地方の花祭などの湯立神楽では,扇,湯桶(ゆとう),盆,笹,花笠,衣装などを採物とする。これは神事や舞に使用する道具をまず採って舞うことにより清めたあと,それを使って本舞を演じるのである。能,歌舞伎舞踊などでも,狂笹(くるいざさ),持枝,打杖(うちづえ)など多くの採物を用いるが,いずれもそれらの扱いには,本来神座(しんざ)とされたおりの心意が残り,たんなる小道具として以上の意味を含む場合が多い。
執筆者:山路 興造
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
神楽(かぐら)などの神事芸能で舞人が手に持つ物。取物、執物とも書く。宮廷の御神楽(みかぐら)は、採物の部と前張(さいばり)の次第からなるが、採物の部は榊(さかき)・幣(みてぐら)・杖(つえ)・篠(ささ)・弓・剣(つるぎ)・鉾(ほこ)・杓(ひさご)・葛(かずら)の9種。採物の歌をうたうことが主で、舞を伴っていないが、採物にちなむ歌をうたうことによって、採物を囃(はや)すところに意味がある。採物は本来、神霊の依(よ)りつく依り代(しろ)であった。民間の神楽でもその基本形は採物を持って舞うことにあった。榊・幣・扇などがもっとも多く用いられるが、ついで杖・弓・剣・盆などがある。宮崎県の椎葉(しいば)神楽などのように弓や御幣(ごへい)などの、採物を持ち神の由来を説く唱教(しょうぎょう)(唱行)を唱えて採物に神を下ろしてから舞を行うところもある。
[渡辺伸夫]
…御神楽(みかぐら)に歌う神楽歌の曲名。採物(とりもの)といわれる一群の歌の最初の曲。採物とは御神楽の人長(にんぢよう)が手にする呪物にちなむ歌詞を持つ歌のことで,古くは《榊》以下9種,あるいは《韓神(からかみ)》を加えて10種の歌があったが,現行は《榊》と《韓神》それに神嘗祭にだけ歌われる《幣(みてぐら)》の3曲のみである。…
…現行御神楽の原形である〈内侍所(ないしどころ)の御神楽〉は,《江家次第》《公事根源》等によれば,一条天皇の時代(986‐1011)に始まり,最初は隔年,白河天皇の承保年間(1074‐77)からは毎年行われるようになったという。これより古くから宮中で行われていた鎮魂祭,大嘗祭(だいじようさい)の清暑堂神宴,賀茂臨時祭の還立(かえりだち)の御神楽,平安遷都以前から皇居の地にあった神を祭る園韓神祭(そのからかみさい)等の先行儀礼が融合・整理されて,採物(とりもの),韓神,前張(さいばり),朝倉,其駒(そのこま)という〈内侍所の御神楽〉の基本形式が定まり,以来人長(にんぢよう)作法,神楽歌の曲目の増減等,時代による変遷はあったものの,皇室祭儀の最も重要なものとして,よく古式を伝えて今日にいたっている。 御神楽は夕刻から深夜にかけて,神前の庭に幕を張って楽人の座を設け,庭火を焚いて座を清め,これを明りとして行われる。…
※「採物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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