神楽の美称で,皇室の祭儀として宮中で行われる神事芸能。民間神事の神楽〈かぐら〉〈おかぐら〉〈里神楽〉などと区別してとくに〈みかぐら〉と称する。
御神楽の起源は,天岩戸の前での天鈿女(あめのうずめ)命の舞であると伝えられるが,これに儀式としての作法が定まり,神楽譜が選定されるのは平安時代に入ってからである。現行御神楽の原形である〈内侍所(ないしどころ)の御神楽〉は,《江家次第》《公事根源》等によれば,一条天皇の時代(986-1011)に始まり,最初は隔年,白河天皇の承保年間(1074-77)からは毎年行われるようになったという。これより古くから宮中で行われていた鎮魂祭,大嘗祭(だいじようさい)の清暑堂神宴,賀茂臨時祭の還立(かえりだち)の御神楽,平安遷都以前から皇居の地にあった神を祭る園韓神祭(そのからかみさい)等の先行儀礼が融合・整理されて,採物(とりもの),韓神,前張(さいばり),朝倉,其駒(そのこま)という〈内侍所の御神楽〉の基本形式が定まり,以来人長(にんぢよう)作法,神楽歌の曲目の増減等,時代による変遷はあったものの,皇室祭儀の最も重要なものとして,よく古式を伝えて今日にいたっている。
御神楽は夕刻から深夜にかけて,神前の庭に幕を張って楽人の座を設け,庭火を焚いて座を清め,これを明りとして行われる。奉仕の楽人は,明治以前までは,堂上,地下(じげ)ともに特定の家柄の者が当たったが,現在は宮内庁楽部の楽人がつとめる。現行24人。その構成は,人長1,和琴(わごん)1,神楽笛1,篳篥(ひちりき)1,笏拍子(しやくびようし)を打つ主唱者2人と唱和の歌方である。これを二方に分かち,神殿に向かって左を本方(もとかた),右を末方(すえかた)とし,神楽歌の本歌,末歌をそれぞれ受け持つ。儀式は人長の作法と,本・末の受け持つ神楽歌から成るが,人長の指図で座を鎮め,《庭火》の曲で各楽器の音を試みることから始まる(人長式)。以下の構成は,〈採物〉〈小前張(こさいばり)〉〈星〉という三つの違った傾向をもつ神楽歌のグループから成るが,ここで現行神楽歌一具(御神楽における神楽歌次第)を掲げる。
(1)人長式の部 《神楽音取(かぐらのねとり)》《庭火》《阿知女作法(あじめのさほう)》。
(2)採物の部 《問籍音取(もんじやくのねとり)》《榊(さかき)》《閑韓神(しずからかみ)》,《早韓神(はやからかみ)》(人長の舞あり)。
(3)小前張の部 《小前張阿知女(こさいばりのあじめ)》《和琴小前張音取(わごんこさいばりのねとり)》《薦枕(こもまくら)》《篠波(さざなみ)》《千歳(せんざい)》《早歌(はやうた)》。
(4)星の部 《星音取(ほしのねとり)》《吉々利々(ききりり)》《得銭子(とくぜにこ)》《木綿作(ゆうつくり)》《朝倉音取(あさくらのねとり)》,《朝倉(あさくら)》《其駒三度拍子(そのこまさんどびようし)》,《其駒揚拍子(そのこまあげびようし)》(人長の舞あり)。
〈採物の部〉など,各部のもつ意味については,御神楽の意義の解釈によって諸説あるが,今最も一般的な解釈を示せば,〈採物〉は神楽の庭に神を迎える〈神おろし〉,〈小前張〉は神,人ともに楽しむ〈神遊び〉,〈星〉は夜明けとともに神を送り還す〈神あがり〉の部である。曲目中,《早韓神》と《其駒》には人長の舞があり,人長は榊の枝を持って舞う。この御神楽之儀は毎年12月中旬に〈賢所(かしこどころ)の御神楽〉(古くは〈内侍所の御神楽〉)として行われるほか,4月3日の神武天皇祭,即位の大嘗祭(だいじようさい)などにも奏せられる。また,賀茂神社,石清水八幡宮など勅祭社であった神社でも御神楽は行われる。宮中で行われる新嘗祭,鎮魂祭などには,前記神楽歌一具以外の神楽歌が歌われるので,以下に曲名を記す。
(1)神嘗祭用神楽歌 《幣(みてぐら)》(採物),《志都也(しずや)》《磯等(いそら)》(以上小前張)。(2)鎮魂祭用神楽歌 《天地(あめつち)に》《神分(かみわか)も》《清(きゆ)らならば》。
神楽歌の曲目等を知る資料としては《江家次第》《神楽和琴秘譜》《鍋島本神楽歌》等があり,近世以降のものに関しては《楽家録》に詳しい。古式では最初の人長式に人長の名のり等かなり複雑な作法があり,《韓神》の後にも勧盃の後に人長が才男(さいのお)を呼び出して問答をして滑稽(こつけい)な芸をさせるなど,現行のものより人長の活躍が著しい。神楽歌の曲目数も現行より多い。今参考として《楽家録》が〈一条院御定之目録〉として掲げる曲を記す。《庭燎(にわび)》《阿知女》。(1)採物 《榊》《幣》《杖》《篠》《弓》《剣(たち)》《鉾(ほこ)》《杓(ひさご)》《葛(かずら)》《韓神》。(2)大前張 《宮人》《木綿志天(ゆうしで)》《難波潟(なにわがた)》《前張》《階香鳥(しながどり)》《井奈野(いなの)》《脇母古(わぎもこ)》。(3)小前張 《薦枕(こもまくら)》《閑野(しずや)》《礒等(いそら)》《篠波》《殖槻(うえつき)》《総角(あげまき)》《大宮》《湊田(みなとだ)》《蛬(きりぎりす)》。(4)雑歌 《千歳》《早歌》《星》《昼目(ひるめ)》《弓立(ゆだて)》《朝蔵》《其駒》《竈殿(かまどの)》《酒殿》。以上で,当時の神楽歌を大観することができる。
→神楽
執筆者:石田 百合子
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…この運動の一環として,外国音楽の様式に日本の歌詞をはめこんだ催馬楽(さいばら),さらにそれが日本的になった朗詠の2種の新声楽が生まれた。また,宮中の祭祀楽も御神楽(みかぐら)として,その形態が整えられ,雅楽の中に含まれるようになった。これらは貴族の音楽であるが,民衆の音楽としては田楽(でんがく),猿楽(さるがく),雑芸(ぞうげい)などが行われた。…
…日本の雅楽に用いる装束で,大別すると,日本古来の歌舞(うたまい)の舞人装束,管絃の装束,舞楽装束となり,一般にはこれらを総括して舞楽装束と称する。
[歌舞の舞人装束]
歌舞とは,神楽(御神楽(みかぐら)),大和(倭)舞(やまとまい),東遊(あずまあそび),久米舞,風俗舞(ふぞくまい)(風俗),五節舞(ごせちのまい)など神道系祭式芸能である。〈御神楽〉に使用される〈人長舞(にんぢようまい)装束〉は,白地生精好(きせいごう)(精好)の裂地の束帯で,巻纓(けんえい∥まきえい),緌(おいかけ)の冠,赤大口(あかのおおくち)(大口),赤単衣(あかのひとえ),表袴(うえのはかま),下襲(したがさね),裾(きよ),半臂(はんぴ∥はんび),忘緒(わすれお),袍(ほう∥うえのきぬ)(闕腋袍(けつてきほう)――両脇を縫い合わせず開いたままのもの),石帯(せきたい),檜扇(ひおうぎ)(扇),帖紙(畳紙)(たとうがみ),笏(しやく)を用い,六位の黒塗銀金具の太刀を佩(は)き,糸鞋(しかい)(糸で編んだ沓(くつ))を履く。…
※「御神楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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