擬制的親族関係(読み)ぎせいてきしんぞくかんけい(英語表記)fictive kinship

改訂新版 世界大百科事典 「擬制的親族関係」の意味・わかりやすい解説

擬制的親族関係 (ぎせいてきしんぞくかんけい)
fictive kinship

文化人類学で親族という場合,生物学的血縁関係にある身内のみをさすのではなく,社会的に承認された親子関係からなる成員を含む。この〈社会的出生〉の承認による親子・親族関係を擬制的親子・親族関係という。たとえば日本の養子は非血縁者から自由に選定でき,これが社会的に承認されると,養親・養子という親子関係が成立する。概してユーラシアの養取制度では,日本,中国,朝鮮を含めて関係の世代的継続に主眼がおかれるが,サハラ以南のアフリカでは,当親子2代の関係に限定されることが多いといわれる。

 現在われわれがことさらに擬制的親族という語を使う場合には,擬制的に結ばれた親子双方の関係にとくに限定する傾向がみられ,したがって擬制的親族というよりは擬制的親子という用語を採用すべきであろう。ともあれ日本の擬制的親族関係には,出生時に立ち会う取上げ親,名づけ親,拾い親,また男の成人式での烏帽子親,女子の最初のお歯黒に立ち会う鉄漿(かね)つけ親,結婚時の仲人親よそ者が村に定住する際にはワラジ親などがある(日本については〈親子成り〉の項を参照)。暴力団の幹部連が一般組員と〈親分・子分〉の固めの盃を交わすことで内部の結束を固めるのも擬制的親族とみなされる。ヨーロッパでは,乳親による親族関係として,同一乳母から授乳した者が親族関係を認めあう慣行乳兄弟)が古代ローマ時代から中世イタリア,さらにケルト系諸国,イギリスにまで広がっており,里親里子という擬制的親子関係は旧大陸のみでなく新大陸にもみられる。また非血縁の男たちが友情から擬制的に兄弟関係を結ぶ慣行は,ヨーロッパでは中世の封建制度を背景に成立していた。これらの擬制的関係は〈親族〉であるので内部での婚姻は禁止される場合が多かった。また南ヨーロッパやラテン・アメリカのカトリック教徒の間には,洗礼・堅信礼に立ち会う儀礼的親(代親)と受礼者の間に精神的親子関係が設定され,さらにこの関係から派生して,子供の実親と代親の間にも儀礼的・精神的親族関係が樹立され,種々の社会機能を果たすことでフォーク・カトリシズムに彩りを与えている。

 擬制的親族関係は,採集狩猟民の間にはほとんどみられず,農耕牧畜の段階で顕著にみられ,工業社会になると衰退する傾向がある。理由は定かでないが,生業形態との関連が見いだされるかもしれない。すなわち,親族的規模で営まれる多くの農耕・牧畜業では,共同労働による集中作業が多くあり,親族の確保とその拡大が望まれることに関連し,また採集・狩猟民においては,作業の規模はおおむね家族単位であり親族の拡大を必要としない。工業社会では,家計維持にみあう形で給与が支給されるため,家族の拡大よりも縮小化へ向かう。なお擬制的親族関係は,所定の儀礼的手続きを通して社会的承認を得るため,儀礼的親族関係ritual kinshipという語を使用することもある。
ゴッドファーザー →コンパドラスゴ →親族
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の擬制的親族関係の言及

【養子】より

…この慣行はオセアニア各地によく見うけられるが,養取と養育とが人々の間で明確に区別して認識されていない場合もある。養子縁組に基づく関係は,一般に〈擬制的親族関係fictive kinship〉と呼ばれ,子どもの地位にある者が〈実の親子関係〉を失わず,実親に加えて儀礼的な代父母との関係をさらに締結しようとする〈儀礼的親族関係ritual kinship〉による親子関係とは,概念上区別される。擬制的親族関係は実の親族関係と法的に同一視されるのに対し,儀礼的親族関係は実の親族関係を象徴的な関係として他の人間関係に代用したものであり,実の親族関係とは相補的関係にある。…

【日本社会論】より

…川島の説によれば,日本の家族制度は,(1)家長の権威と家人のそれに対する恭順という関係に支えられた封建武士的=儒教的制度,(2)家人が互いにむつみ合う協同体的雰囲気(それ自体が一つの権威的秩序)の中で,それぞれが職分に応じた固有の地位を保つ民衆的制度,これら二つが混合・相互浸透したものである。これらの家族制度的な生活原理は,当人たちには無秩序に映ずる家族外の社会に反射され,そこに家族的秩序を模した擬制的親族関係,すなわち〈親分・子分〉〈兄弟分〉関係などを生む。このような形の家族的に構成された日本社会は,(1)親分の権威・親心と子分のそれらへの無条件的服従,(2)主体的行動の欠如と個人的責任感の稀薄さ,(3)絶対的・なれあい的な秩序を乱す批判,すなわち〈ことあげ〉を禁ずる社会規範,(4)親分・子分的結合での家族的雰囲気と外部に向かっての敵対的意識との併存,などによって特徴づけられる。…

【養子】より

…この慣行はオセアニア各地によく見うけられるが,養取と養育とが人々の間で明確に区別して認識されていない場合もある。養子縁組に基づく関係は,一般に〈擬制的親族関係fictive kinship〉と呼ばれ,子どもの地位にある者が〈実の親子関係〉を失わず,実親に加えて儀礼的な代父母との関係をさらに締結しようとする〈儀礼的親族関係ritual kinship〉による親子関係とは,概念上区別される。擬制的親族関係は実の親族関係と法的に同一視されるのに対し,儀礼的親族関係は実の親族関係を象徴的な関係として他の人間関係に代用したものであり,実の親族関係とは相補的関係にある。…

※「擬制的親族関係」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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