商人の営業上の一定の事項を,商業登記簿に記載することにより,一般公衆に対し取引上重要な事項を公示することを目的とする登記制度の一種。この公示制度は一般公衆および商人自身双方に役だつ。商人と取引する者にとっては,相手方たる商人についていちいち調査しなくても確実な情報をえることができ,不測の損害を回避できる。他方,商人にとって営業上の機密を害しない範囲で公示をすることは,自己の信用維持に有用であるばかりでなく,いったん公示した事項については,取引相手方は当然それを知りえたものとして取り扱われることになるからである。
商業登記制度の起源は,中世イタリアにおける商人団体の団体員名簿とされる。ただし,この名簿は公法的な目的から商人の団体所属を明らかにするため,あるいは商事裁判所制度に関して利用されたもので,現在の商業登記制度とは目的を異にしていた。その後13世紀になって,会社,支配人,営業記号(商号)等に関し特別な登記簿が私法的目的のために使用されたが,これはもっぱら商人自身を保護するためのものにすぎず,近代的な商業登記制度が現れたのはもっと後のことである。すなわちドイツにおいて三十年戦争で退廃した商人の道徳・信用の回復を図るうえでも,また商号の譲渡が行われるようになったのでその所有者を確認するためにも,登記簿の必要性が高まり,18世紀になってようやく会社,代理人,商号に関する登記簿が整備されるようになった。その後一般的な商業登記制度を創設したのはドイツ旧商法であり,日本の制度もこれにならったものである。なおフランスには1935年以来中央商業登記簿という独特の制度がある。
商業登記簿は登記所に備えられており,商号,未成年者,後見人,支配人,合名会社,合資会社,株式会社,有限会社,外国会社に関する9種がある(商業登記法6条)。商法上の登記でも船舶登記は商業登記簿になされないから商業登記ではない。これらの登記簿に登記すべき事項は商法(有限会社法,担保附社債信託法などを含む)により定められる。登記事項には必ず登記しなければならない事項と,登記するかしないか当事者に任せられた事項がある。前者を絶対的登記事項といい,後者は相対的登記事項とよぶ。もっとも相対的登記事項でも,いったん登記すれば絶対的登記事項と同じ取扱いをうけ,その変更,消滅には必ず登記が必要となる(商法15条)。また絶対的登記事項でも,その登記を怠ればその事項をもって善意の第三者に対抗できない不利益をうけるにすぎない。ただし会社の登記事項の登記を怠ったときには過料の制裁をうけることがある(商法498条,有限会社法85条)。登記手続の詳細は商業登記法(1963公布)および商業登記規則(1964公布)による。申請は原則として当事者が行うが,所定の事項については裁判所が登記所に嘱託する。申請があると,登記官は申請事項が法定の登記事項か,管轄があるか,適法な申請人か,あるいは申請書およびその添付書類が法定の形式を具備するか,などを調査したうえ,不適法であれば申請を却下する。しかし,登記官はそれ以上申請事項が実質的に真実であるかまで調査する職務権限を有しない(形式的審査主義)と解される(判例の立場)。もっとも学説では実質的審査主義を支持する者も少なくない。申請が受理され登記されると,登記所はそれを遅滞なく公告(官報および所定の新聞紙上に1回以上)しなければならない(商法11条)。ところが,第2次世界大戦中,新聞紙の不足と登記事務の簡素化を理由に当分公告は行わないとする措置がとられ,戦後もその措置は臨時特例としてそのまま引き継がれている。商業登記法にも公告の規定はないところをみると,この措置は恒久化されつつあるといえる。
まただれでも登記簿の閲覧を請求でき,手数料を納付して登記簿の謄本,抄本の交付を請求できる。郵送料を納付すれば謄本,抄本の送付も請求できる。登記すべき事項については登記および公告(前述のごとく登記があれば公告もあったとみなされる)の後でなければ,その事項について善意の第三者に対抗することができない。登記および公告があれば第三者は当然その事実を知っているものとみなされるから(悪意の擬制),登記事項の事実を知らない善意の第三者に対しても対抗できる。しかし,登記・公告後でも第三者が正当な事由(交通杜絶,官報の不到達などの客観的障害をいい,旅行,病気などの主観的事由は含まない)によりそれを知ることができないときには悪意の擬制はなされず,その第三者に対抗することはできない(12条)。なお故意・過失により不実の事項を登記しても,その事項の不実なことをもって善意の第三者に対抗することはできない(14条)。もっとも以上のごとき商業登記の一般的効力に関する規定は,商号譲渡(24条),会社の設立・合併(商法57,102,147,416条,有限会社法4,63条),社員の退社(商法67,147条)などの特殊な登記には適用されない。
執筆者:森 淳二朗
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
商法および会社法の規定に基づき、商業登記簿になす登記(商法8条以下、会社法907条以下)。商人や会社の営業(事業)に関する事項を公示することによって、取引の安全に資し、第三者の利益を保護し、あわせて商人や会社の社会的信用を維持することを目的とした制度である。その手続は、商業登記法(昭和38年法律125号、平成17年法律87号による改正)、商業登記規則などによる。法定の登記事項が生ずると、原則として当事者の申請により、法定の書面の方式にのっとって、管轄登記所で行われる。管轄登記所は、当事者の営業所を管轄する法務局、地方法務局またはこれらの支局・出張所である。商業登記簿には、商号登記簿、未成年者登記簿、後見人登記簿、支配人登記簿のほか、会社の種類に応じて株式・合名・合資・合同各会社登記簿、外国会社登記簿の九つがある。登記すべき事項は、登記の後でなければ、善意の第三者に対抗できないが、登記後は正当な事由によってそれを知らなかった者を除き、善意の第三者にも対抗できる(商法9条、会社法908条)。
[戸田修三]
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