競業避止義務 (きょうぎょうひしぎむ)
たとえば,家具の製造・販売を目的とする会社の取締役が,個人としても家具の製造・販売を営むならば,会社の得意先が奪われ会社が損害を被る危険がある。そこで法は,取締役にはこのような競業行為を一般的に禁止し,一定の手続を経た場合に限ってそれを許すことにしている。取締役の側から見ると,会社との競業を避ける義務を負わされていることになるので,競業避止義務と呼ばれる。このような義務を負うのは取締役だけに限らない。他人の事務を委ねられた者は本来,その他人の利益を図るべき立場にあり,それをさしおいて自分個人の利益を図ってはならない(民法644条参照)。競業行為はそのような背信的行為の一典型であるから,それがとくに起こりやすい場合をとらえ,具体的に法定したものが競業避止義務である。受任者的地位に立つ者の種類により,その内容は必ずしも一様ではない。支配人は営業主の営業に専念することを期待されているので,同種の営業に関する取引をすることだけでなく,異業種の会社の取締役や使用人になることについても,営業主の許諾を得なければならない(商法41条1項)。代理商,合名会社の社員および合資会社の無限責任社員は,同種営業の取引をすることと,同業他社の取締役または無限責任社員になることについて,それぞれ本人の許諾または他の社員の承諾を得なければならない(48条1項,74条1項等)。取締役は同種営業の取引をすることについて,株式会社では取締役会の承認を,有限会社では社員総会の認許を受けることがそれぞれ要求され,その際には取引に関する重要事実を開示しなければならない(商法264条1項,有限会社法29条1項)。取締役は,同業他社の取締役や無限責任社員になることを当然に禁止されているわけではないが,支配人など他の場合もすべてそうであるように,自己のためだけでなく,第三者のために競業行為をするにも承認が必要であるから,取締役が同業他社の代表取締役の地位につく時にはあらかじめ包括的な承認を得ておかないと,取引のたびごとに承認を受けなければならないので不便である。必要な許諾や承認を得ずに競業取引が自己のために行われた場合,営業主や会社は介入権を行使して,得意先の維持を図ることができる(商法41条2項等)。介入権の行使に代えて,またはそれとともに,損害賠償を請求することもできる。株式会社については損害額の立証を容易にするため推定規定が置かれている(商法266条4項)。
執筆者:龍田 節
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競業避止義務
きょうぎょうひしぎむ
ある者が他の者と一定の関係がある場合に、その者が自己または第三者のために、他の者と営業上または事業上で競争的な性質をもつことになる行為をしてはならないという義務。商法や会社法では、営業譲渡人・事業譲渡人(商法16条、会社法21条)のほか、支配人(商法23条、会社法12条)、代理商(商法28条、会社法17条)、持分(もちぶん)会社の業務執行社員(会社法594条)、株式会社の取締役・執行役(会社法356条、365条、419条2項)が、この種の義務を負うことが定められている。営業譲渡・事業譲渡の場合には、譲渡した営業・事業には従来の得意先、仕入先、創業の年代、営業・事業上の秘訣(ひけつ)など、財産的価値ある事実関係を含むので、競業しないことが営業譲渡人・事業譲渡人の当然の義務と解されている。また、支配人、代理商、業務執行社員、取締役等については、営業主である商人の営業、会社の事業に関して得た知識や得意先等を利用し、商人・会社等の犠牲において、自己または第三者の利益を図るのを防止するために、この義務が認められている。一般的には、当該営業・事業の部類に属する行為あるいは同種の営業・事業行為が制限されるが、支配人の場合には、商人・会社に対する従属関係にあることを理由として、自ら営業・事業をしたり他の商人・会社の使用人になるなど、精力が分散することも制限される。競業避止義務違反の場合、違反者は損害賠償責任を負う。
[戸田修三・福原紀彦]
『外井浩志著『競業避止義務をめぐるトラブル解決の手引』(2006・新日本法規出版)』
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競業避止義務
きょうぎょうひしぎむ
Konkurrenzverbot
ある一定の者が,自己または第三者のために,営業者の営業や会社の事業の部類に属する取り引きを行なうことを避ける義務。商法および会社法は,支配人(商法23,会社法12),代理商(商法28,会社法17),持分会社の業務執行社員(会社法594),営業譲渡人(商法16。→営業譲渡)および事業譲渡した会社(会社法21)についてこの競業避止義務を負わせている。また,取締役または執行役が自己または第三者のために株式会社の事業の部類に属する取り引き(→自己取引)をしようとするときには,株主総会(取締役会設置会社においては取締役会)において,その取り引きについて重要な事実を明らかにし,承認を受ける必要がある(会社法356条1項1号,365条1項,419条2項)。違反した取締役は会社に対して損害賠償責任を負い(423条1項),また当該取引によって取締役らが得た利益の額は,任務を怠ったことにより会社に生じた損害の額と推定される(423条2項)。
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「競業避止義務」の意味・わかりやすい解説
競業避止義務【きょうぎょうひしぎむ】
営業者の営業と競争的性質をもつ行為をしてはならないこと。商法上,支配人,代理商,営業を譲渡した商人,会社法上では取締役,持分会社の業務執行社員がこの義務を負う。義務違反の場合にもその行為自体は有効だが,営業者は違反者に損害賠償を請求できる。介入権の制度は廃止された。
→関連項目合名会社
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競業避止義務
「競業避止義務」とは、労働者は所属する企業と競合する会社・組織に就職したり、競合する会社を自ら設立したりするなどの競業行為を行ってはならないという義務のことです。一般に在職中は、労働契約における信義誠実の原則にもとづく付随的義務として競業避止義務を負うとされ、また取締役は会社法365条により、在任中は取締役会の承認なしに会社の営業の部類に属する業務を行うことを禁止されています。しかし退職後においては、職業選択の自由の観点から競業禁止義務は生じないとされ、使用者が退職後の労働者にもこれを課す場合は就業規則などに必要かつ合理的な範囲で法的根拠を明示する必要があります。
(2013/4/26掲載)
出典 『日本の人事部』人事労務用語辞典について 情報
競業避止義務
取締役に課せられた競業禁止義務のこと。取締役の競業行為は会社法365条により禁止されており、自己または第三者のために競業関係にある会社に就職したり、競業関係にある事業を行なうことはできない。取締役会の承認を得ずに、このような競業行為がなされた場合、取締役会はその取引を会社のために行なわれたものとみなせる。
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競業避止義務
売却企業側の経営者がM&A後に同一事業を営業すると買収企業側がM&A後の営業上、著しい損失を被る。これを避けるため、最終契約に競業避止義務条項を盛り込むことが多い。
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