改訂新版 世界大百科事典 「政治文化」の意味・わかりやすい解説
政治文化 (せいじぶんか)
political culture
政治生活における文化を指す概念であるが,明確に表現されている政治制度や政治機構よりも,その背後にあって,社会で暗黙裡に共有されている政治に対する考え方,感じ方,行動のしかたの複合的全体を指す場合が多い。時代によって,また地域によってそれぞれの政治文化が考えられるが,一般には,時代の差よりも地域の差を説明するために用いられる。政治文化には,その社会の人々によって意識されているものもあれば,意識されていないものもある。後者はそれだけ社会の伝統・慣習に根を下ろしており,当事者にとっては自明のこと,そしてあたかも〈自然〉であるかのように感じられる。ここでは,政治文化はそれだけ安定しており,この無自覚の世界の構造を明らかにするのが研究の課題である。政治文化が異なれば似た内容の憲法であっても,その機能がちがってくるし,自由,平等,平和といった言葉の意味も同じではなくなる。
政治文化と他の領域における文化との区別はあいまいである。非政治的領域において人々に共有されている信条や情緒が,人々をしてある政治態度をとらせるのであれば,それは政治文化と考えられよう。たとえば,峻厳(しゆんげん)な一神教の社会と寛容な多神教の社会とでは,政治的対立の処理のしかたに大きな差異がみられるであろう。ここでは,宗教的信条と政治行動とは密接に結びついている。したがって,政治文化はそれ自体としてでなく,社会における諸文化の複合のなかで考えられなければならない。政治文化の世代から世代への伝達の場合もそうである。この過程を政治的社会化というが,政治的社会化も,単独ではなく社会化全般との関連で行われるのである。
政治文化という概念が用いられるようになったのは,第2次世界大戦後である。もとより,民族,国民,社会などがそれぞれ独自の性格をもつという考え方は古くから存在していた。文化人類学の発達は,それを文化という概念でより精緻に説明するようになった。そこには,欧米におけるエスノセントリズム(自民族中心主義)への反省がある。近代社会の諸理念は欧米社会の現実との関連で成立した。そして欧米においても,またそれ以外のところでも,近代化が人類の進む道であり,欧米が先頭に立って,その導きのたいまつを掲げていると考えられることが多かった。そうなると,それぞれの社会の差は進歩の程度の差であって,文化の相対性は意識されない。しかし交通・通信手段の発達による世界の交流の増大は,このような人類社会についての一元的理解を打破せざるをえなかった。すなわち,文化の優劣よりも相対性が重視されるようになったのである。もっとも,相対性の認識が一様に進んだわけではない。政治文化では,それがもっとも遅れた。宗教,芸術などの領域では,その独自の価値は異文化の間でも比較的容易に認められる。これに対して政治の領域では,欧米先進,近代化,民主化という一元的理解が最近までつづいている。日本においても,日本の伝統が意識されるとき,政治との関連ではそれは克服すべき対象であった。たとえば,イエ,ムラ的人間関係よりも,主体的個人の間の契約が肯定的に評価される。もっともこの両者は,オモテとウラというより広範囲の政治文化のなかで使い分けられる。水俣のチッソ公害,三里塚の成田空港建設反対闘争などとの関連で,近代欧米型の自己よりも,日本型の共同体的存在が積極的に認められるようになったのはごく最近のことであり,まだ一部にすぎない。
政治文化は,政治社会を類型化する。その方法はさまざまである。印象的,文芸的に,たとえば異文化における体験記を通じて,政治文化を述べることができる。最近では意識調査を用いる実証的研究が進められている。ここでは,単にある質問に対する回答の比率を比較するだけでなく,さまざまな回答の間の関連,つまり,諸変数間のつながりのパターンを分析することに重きがおかれる。たとえばある社会において,投票意欲が強いという結果がえられたとき,それが他の態度とどのように関連しているかを明らかにすることが政治文化の理解に必要である。そのための手法として相関分析,因子分析,林知己夫の開発した数量化理論などが有用である。どのような方法によって類型化された政治文化であれ,その特異性をあまりにも強調することには問題がある。それは,政治社会相互の通信不能や独善をもたらす。また,類型はあくまで類型であって,政治社会のさまざまな意識・態度がすべてそれに代表されるわけではない。そして,人類の普遍性も政治学の課題である以上,政治文化の個別性もこの文脈で考えられなければならない。
執筆者:岡村 忠夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報