性行為の場面を露骨に描写することを主眼とした読み物。好色本、枕草子(まくらぞうし)、笑い本、猥本(わいほん)、和印(わじるし)(読和(よみわ))、艶本(えんぽん)などの名もある。絵だけのもの、文字ばかりのもの、挿絵や口絵がついたものなどと形式もさまざまであれば、肉筆の巻子本(かんすぼん)であったり、浮世草子や洒落(しゃれ)本に似せた版本であったりと、体裁もまた多種多様である。全盛期は、木版による印刷技術が確立大成され、出版文化が盛行した江戸時代で、この時代の小説本のあらゆるスタイルでつくられているとみてよい。
江戸時代以前にも、土佐派の絵師たちによる肉筆画の絵巻物が伝わるほか、木版印刷による中国本の翻刻物が残っているが、技術的な面から量産はむずかしかったようで、伝本はきわめて少ない。江戸時代になって整版印刷が行われるようになり、浮世草子が一般化すると、春本も飛躍的に量産化し、菱川師宣(ひしかわもろのぶ)、鳥居清信(きよのぶ)、奥村政信(まさのぶ)、西川祐信(すけのぶ)ら第一級の浮世絵師らが筆をとるようになって、以後、浮世絵の歴史と密接に関係する出版物となった。しかし1722年(享保7)の「出版条例」の制定によって取締りの対象となり、公刊の自由を失ってアングラ出版化した。
錦絵(にしきえ)が発明されて大成した明和(めいわ)から寛政(かんせい)期(1764~1801)は、浮世絵の歴史でももっとも注目すべき時代であるが、この時代はまた春本の歴史にとっても一紀元を画した時代であった。鈴木春信(はるのぶ)、鳥居清長、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)、細田栄之(えいし)、勝川春潮(しゅんちょう)らの名手が輩出し、新技法の多色刷りを生かして、写実的な情景表現で情感あふれる性生活を写し出すとともに、同工異曲の描写の弊を避けるため、話の展開や背景の設定にも新趣向を積極的に試み、奇想というべき珍奇なストーリーの作品も数多く生まれている。また版元の資本力の拡充もあって出版点数も多くなり、以後、文化・文政(ぶんかぶんせい)期(1804~30)以降のいわゆる退廃期の時代へと移っていき、絵師に歌川豊国(とよくに)、歌川国貞(くにさだ)、歌川国芳(くによし)、葛飾北斎(かつしかほくさい)、渓斎英泉(けいさいえいせん)らの名手を、作者として為永春水(ためながしゅんすい)、松亭金水(しょうていきんすい)らの合巻(ごうかん)や人情本の作者を得て、最盛期を迎えることとなったが、享楽的、刺激的な世相を反映して扇情的であくどい作品が横行し、明治時代になると、この傾向はさらに強くなった。
享保(きょうほう)の出版条例以来、春本は一般的に醇風(じゅんぷう)良俗を乱すものとして猥褻(わいせつ)視され、公式には本屋や絵草紙屋の店頭から姿を消したが、貸本屋や小間物屋の手で出回り、「嫁入り本」の名があるように、性教育の一助ともなっていたことが注目される。
[宇田敏彦]
…1682年(天和2)の井原西鶴の《好色一代男》の人気が流行を生み,〈好色〉を冠した題の書物が続出し,〈好色本〉の称を生じた。男色女色を扱う浮世草子好色物を中核として,題材・表現に通じるところのある遊女評判記,野郎評判記など,また男色女色に関した即物的な知識や実際的な技巧を伝授する書物,春本などをも含むのが当時の理解であった。浮世草子作者に西鶴のほか西村市郎右衛門,夜食時分,雲風子林鴻(うんぷうしりんこう),小説以外には,好色諸風俗の紹介と性知識を盛る,浮世絵師吉田半兵衛の《好色訓蒙図彙(きんもうずい)》,好若処士の男色指南書《男色十寸鏡(ますかがみ)》,性的知識伝授書に西村の《好色注能毒》,山八(やまのやつ)の《好色床談義》などがある。…
※「春本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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