日本歴史地名大系 「曲村」の解説
曲村
まがりむら
曲村
まがりむら
神社本殿造営棟札(伊夜比
神社蔵)に「勾村」地頭富田三郎右衛門尉慶行と代官辻本行宗がみえる。文明一三年(一四八一)一月一一日の能登島八ヶ村公田田数注文(伊夜比
神社文書)によると、一宮気多社の二斗米(段銭)賦課の対象とされていた「鉤村」の公田数は五町九〇刈で富田殿の知行であるが、戦国後期頃には富来氏が給人となっていたという(「能登内浦村々給人注文写」諸橋文書)。なお永正年間(一五〇四―二一)には、
天正一三年(一五八五)六月一八日の免定写(当摩文書)に「まかり」とみえ、免引は三ツ。
曲村
まがりむら
曲村
まがりむら
- 兵庫県:三田市
- 曲村
曲村
まがりむら
曲村
まがりむら
- 三重県:松阪市
- 曲村
北は一志郡
曲村
まがりむら
曲村
まがりむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報