林木育種(読み)りんぼくいくしゅ(英語表記)forest tree improvement

改訂新版 世界大百科事典 「林木育種」の意味・わかりやすい解説

林木育種 (りんぼくいくしゅ)
forest tree improvement

林木を対象とする育種。狭い意味では,これまでの材料よりも遺伝的に優れたものをつくりだすことであるが,今日では,林木の集団つまり森林を遺伝的に管理することを意味している。天然更新によって林を仕立てる場合には,もともとそこにあるものを親木(おやぎ)として使わなければならないし,植栽して林を仕立てる場合にも,植えこんだ材料の遺伝的組成は間伐などの手入れによって影響をうけるから,優れた材料をつくりだすことは林木育種の一部にすぎない。もちろん狭義の育種も必要で,そのための手法は導入育種,選抜育種創成育種に大別できる。導入育種は,その土地になかった樹種,品種を新たにもちこんで,その土地に適した優れた材料を育成する方法である。選抜育種は分離育種とも呼ばれ,多くの遺伝的変異を含む集団から望ましい形質をもつものを選びだす方法で,自殖性植物での純系分離,他殖性植物での系統分離,栄養繁殖する植物での栄養系分離に細分されるが,林木では系統分離と栄養系分離が主である。創成育種はこれまでになかった新しい材料をつくりだすもので,交雑育種と非交雑育種に分けられており,後者には倍数体の利用,人為突然変異の利用などが含まれている。林木についても多くの試みがあるが,実用的に取り上げられたものとしては,交雑によって育成されたミツマタの六倍種がある。また細胞工学的手法による林木の育種も1970年代の終りころから開始されている。

 日本では,造林材料の素質を向上するため,1957年に林木育種事業を開始した。これは暫定措置と恒久措置からなり,後者が今日の林木育種事業の中心となっている精英樹選抜育種事業であるが,選びだした精英樹を用いて造林材料を生産する態勢をつくりあげるまでにはかなりの年月がかかると予想されたため,それまでの暫定的な対策を示したのが前者である。70年,当初に計画した態勢がほぼ整ったことと,森林,林業を取り巻く情勢が変化したことをふまえて,その内容を整備した。衣替えした林木育種事業は,その運営要綱の冒頭に〈森林の遺伝的素質を改善し〉と明記しており,それによって林業の生産性の向上とともに,森林の公益的機能の増進もはかることをねらいとしており,それまでの生長,形質を主とした精英樹選抜に加えて,気象害,病虫害などに対する抵抗性個体の選抜や,シイタケ栽培に適した個体の選抜を含めた総合的な育種事業となった。対象樹種はスギ,ヒノキアカマツ,クロマツ,カラマツ,エゾマツトドマツリュウキュウマツおよびその他必要な樹種とし,選抜育種法を中心として,必要に応じて交雑育種法などを組み合わせて進めるものとしている。日本全国を北海道,東北,関東,関西,九州の5育種基本区に分け,さらにこれらを気象,土壌,樹種および品種の分布などを考慮して育種区に分ける。各育種基本区には農林水産省林野庁所管の材木育種センター(茨城県)と北海道,東北,関西,九州の各育種場がおかれており,材木育種センターには長野事業場,東北には奥羽事業場,関西には山陰事業場,四国事業場がある。

 精英樹選抜育種事業では,各種の用材生産を目的として,おもに太さ(胸高直径),材積(幹の使える部分の体積)が大きいこと,樹冠の広がりが狭いことなどを目安にして精英樹を選ぶ。精英樹はドイツ語Elitebaum(英名elite tree)からの訳語で,欧米では,表現型によって選ばれた優れたもの(プラス木)が遺伝子型でも優れていることが確かめられて初めて精英樹と呼ぶことになっているが,日本でいう精英樹は欧米でいうプラス木にあたる。これは選抜された精英樹から挿木か接木でふやした個体(クローン)で,挿木で増殖しやすいものは採穂園を,挿木の難しいものは採種園をつくる。これらの採穂園や採種園で,造林用の挿穂,種を供給するが,日本の精英樹は表現型で選ばれたものであるから,その優良性が遺伝的なものかどうかを確認するための次代検定林もつくり,その成績によって採穂園,採種園を改良する。気象害抵抗性育種事業は,雪害,凍害あるいは寒風害に対する抵抗性の強いものを選びだし,それらをもとにして遺伝的に優れたものをつくろうとするものである。雪害抵抗性の場合には,豪雪地域(平均最高積雪深250cm以上),多雪地域(同120~250cm),その他の地域ごとに,激害地,不良環境地,抵抗性が強いと思われた品種・系統を試植した林の被害地で,被害の少ないものを選ぶ。凍害,寒風害の場合にも,激害地などで被害の少ないものを選ぶ。シイタケ原木育種事業は,クヌギコナラを対象として,シイタケ栽培に適した優れた品種を育成するものである。この場合には選抜基準の一つとして樹皮相が加えられている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「林木育種」の意味・わかりやすい解説

林木育種
りんぼくいくしゅ

林木を対象とする育種(品種改良)。林木とは森林を構成する樹木をいうが、林業用の林木など人間に役だつものを対象として、さらに利用価値の高いものをつくることで、これまでの品種の改良、新しい品種の育成、品種の増殖などを含む。

[蜂屋欣二]

特徴

林木は一般の農作物に比べ形が巨大で、寿命が長く、成長して材として収穫されるまでの生産期間が数十年以上と長い。したがって育成品種の良否を確認する次代検定に時間がかかり、育種事業は長期かつ大規模とならざるをえない。このため林木育種は民間でなく国の事業として組織的に実行されており、改良の効果を次代検定で確認してから実用化するのでは時間がかかりすぎるので、ある確率で効果が推定できるものは実用造林に用い、成長の過程で順次検定してさらに改良するという方法がとられる。

 また一般作物と違い複雑な山地の環境のなかで長期間生育する林木では、環境の変動や気象害、病虫害など予測外の災害への抵抗性が必要で、一般作物のように単一で特性のそろった品種よりも、遺伝的に複雑な混系集団の品種が安全とされる。

[蜂屋欣二]

方法

有性繁殖の場合は集団選抜法、またスギなど一部で利用される無性繁殖の場合は栄養系分離法がおもな方法である。集団選抜法では、同種の多くの林から成長や材質、抵抗性などが優れたプラス木(精英樹や抵抗性個体)を選び、これらのクローン(個体の栄養器官の一部を接木(つぎき)、挿木など無性繁殖で分離増殖した個体群)を養成し、それで採種園をつくり、任意交配した種子を実用造林に用いる。クローンの遺伝的能力を検定して、採種園構成を順次改良する。栄養系分離法では、プラス木からのクローンで採穂園をつくり、挿穂(さしほ)を実用に供する。単一クローンだけが造林されると予想外の災害で大被害を受けるおそれもあるので、クローンを混合して植栽することが必要である。このほか交雑育種、導入育種、倍数性育種、突然育種なども行われている。

[蜂屋欣二]

林木育種事業

わが国では、明治以来各地で造林が推進されるとともに、造林種苗の産地・系統の重要性が認識され、最大の造林樹種のスギでは実生(みしょう)や挿木による在来品種を確立していた地域もあった。組織的な育種事業としては1955年(昭和30)ごろから発足し、全国を5育種基本区、19育種区に分け、国立の林木育種センターを中心に国、都道府県、企業、大学などが協力分担して推進されている。成長量の増大を目標とした針葉樹の精英樹選抜事業に重点が置かれたが、近年は雪害や寒害、病虫害の抵抗性育種、材質育種など、さらには広葉樹育種など育種目標が多様化し、またバイオテクノロジーの導入など育種方法も多様化してきている。また最近問題となっているスギ花粉症の対策として、花粉生産の少ないスギ品種の開発も進められている。このような近年の育種成果は順次実際の林業経営に浸透しつつある。

[蜂屋欣二]

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