穀物、野菜、果樹、花、林木などの有用植物が、病気によって生育が妨げられ、また枯死、腐敗して被害を受けたり、昆虫によって食害、吸収害を受けることを病虫害という。また一般には病害虫ともいわれるが、厳密には病気および害虫そのものを病害虫といい、病気および害虫による被害を病虫害とよび区別している。病虫害は病害および虫害に分けられるが、FAO(国連食糧農業機関)の資料によると、1967年当時、作物の病虫害は穀類だけをみても全世界で可能生産量の34.5%に達し、毎年5億トン以上の穀物が病害虫によって消失しているといわれていた。1994年にドイツのエルケらは、病害虫による被害はその後増加し、潜在可能生産量の42.1%、損失量は実に13億トン以上に達していると報告している。このように損失が増大した理由は、開発途上国において、高収量品種の栽培、灌漑(かんがい)の改善、肥料の多量投下によって全体の収量は増加したにもかかわらず、作物保護については、それに応じた進歩・改良がほとんどなかったために被害が大きくなったことをあげている。これからみても依然として病害虫による被害が大きいことが推察できる。
[梶原敏宏]
植物がなんらかの原因によって正常な働きを害され、また組織の破壊、変化をきたすことを病気といい、病気により枯死、腐敗するほか、品質や外観を損じて商品価値を落とし被害を受けることを病害というが、一般には病気も病害も同じ意味に使われる場合が多い。病気はその原因によって非寄生性(非伝染性)のものと寄生性(伝染性)のものとに分けられる。非寄生性の病気は、水分供給の不均衡、養分とくに微量要素の欠乏、大気汚染などによる生理的な障害が原因で、生理病ともよばれる。トマトしり腐病は典型的な生理病で、わが国では栽培される有用植物で約200種類の生理病が記録されている。
寄生性の病気は、人類医学の伝染病にあたり、病原が植物に寄生するためにおこるもので、広がるのが速く、広い範囲に損害が及ぶ。病原にはウイルス、ファイトプラズマ、細菌、糸状菌(カビ)、線虫(線虫は虫害として取り扱われることもある)などがある。種類がきわめて多く、日本で記録されている有用植物のこれら伝染性の病気は、実に5600種(日本植物病理学会編『日本有用植物病名目録』による)に上り、わが国の代表的な作物であるイネだけでも60種類に及び、それぞれに病原の種類や病徴などをもとにして病名がつけられている。いもち病はその一つである。植物の病気では糸状菌による病気の数の多いのが特徴になっている。また、作物の栽培条件の変化によって発生する病気も異なり、近年、栽培の多様化に伴って病気の発生も多く、複雑になり、土壌病害など防除の困難なものの発生が目だっている。
[梶原敏宏]
植物が虫などの食害によって被害を受けることをいい、被害を与える虫を害虫とよんでいる。害虫は厳密には節足動物の昆虫綱に属する動物に限られるが、一般には昆虫以外のダニ類や線虫類も含む場合が多い。農作物の害虫による加害の様式は千差万別であるが、およそ次のように分けられる。(1)そしゃくによる加害で芽、葉、花、果実、種子などを外部から食べるもの、また、茎、果実などに入り込んで内部から食べるものがある。アオムシ、ヨトウムシ類、メイガ類などがこの例である。(2)吸収による加害は吸収口をもった害虫によるもので、作物に管状の口を差し込んで組織から汁液を吸って害を与える。ウンカ・ヨコバイ類、カメムシ類、アブラムシ類による加害がこれに属する。(3)舐食(てんしょく)による加害。そしゃくと吸収の中間的なもので、害虫が作物の表面組織をかみ砕き、しみ出る汁液をなめ取るために葉や果実に傷を生ずる害である。アザミウマ類、ハエ類の成虫によるほか、ダニ類による被害もこれに属する。(4)産卵による加害。カミキリムシ類による加害がこの例である。産卵の際に樹皮をかみ砕いて傷をつけ樹皮下に卵を産む。(5)異常成長をおこす加害。作物の芽、葉、根などに害虫が産卵し、組織内で幼虫が成育を始めると、その部分の細胞が異常増殖し、虫こぶになる。クリタマバチが代表的な例である。(6)病気を伝搬する害。この害は害虫による間接的な害で、ウイルス病の病原を媒介する。ウンカ・ヨコバイ類によるイネ萎縮(いしゅく)病・縞(しま)葉枯病、アブラムシ類による野菜その他のモザイク病の媒介である。
これら害虫の種類もきわめて多く、わが国で知られているものは2000種以上に上っている。害虫類の発生も作物の栽培様式の変化によって多様化し、また、海外からの農産物の輸入の増加により、新しい侵入害虫の被害も多くなっている。とくに近年ハウス栽培の増加で露地では定着できない害虫の発生が目だつようになった(オンシツコナジラミ、ミナミキイロアザミウマなど)。
[梶原敏宏]
農作物の安定生産を図るには、これらの病気や害虫を予防し駆除しなければならない。わが国では、とくに重要な病害虫、すなわち、イネいもち病、紋枯病、縞葉枯病、イネのウンカ・ヨコバイ類、ムギ類さび病、ジャガイモ疫病などについては、指定病害虫と称し、植物防疫法という法律によって国が経費の一部を負担して発生の予察を行い、防除することが義務づけられている。
病害虫の防除の方法には、化学的防除、耕種的防除、生物的防除および物理的・機械的防除などがある。化学的防除は化学薬品、すなわち農薬を散布・施用して病原菌や害虫を直接殺す方法で、近年効果の高い農薬(殺菌剤、殺虫剤)が開発され、また散布機具が改良されて防除の主流をなしている。しかし、あまりこの方法に頼りすぎると農薬の残留問題、天敵の減少、薬剤に対する抵抗性の病原菌や害虫の出現などやっかいな問題を生ずる。このため、最近は特定の害虫だけに効果のあるフェロモン剤や不妊剤の開発が進められ、すでに実用に供されているものもある。
耕種的防除は予防がその主目的で、人類医学の保健衛生に相当する。病害虫の生態を考慮し、作物の栽培方法を工夫調節することによって病害虫を予防する方法で、生態的防除ともいわれる。各種の病害虫にはそれぞれもっとも好都合な発生条件があり、それらの条件が満足されると大発生して大きな被害を与える。そこで、このような条件を満足させないように作付け時期の調節、輪作、窒素肥料などの施肥の調節を行い、健全な作物を育成して予防する。また抵抗性品種の利用もきわめて有効な手段で、この方法に属する。病害虫に対する抵抗力は同じ種類の作物でも品種によって非常に異なるので、病害虫に強い品種を育成し栽培する。この方法は、欧米諸国や開発途上国などではもっとも重要視されている。しかし、ある病害虫に対しては強い抵抗性を有していても、他の病害虫には抵抗性がないことが多く、また抵抗性品種は品質が劣る場合もあり、この方法だけでは限界がある。
生物的防除は天敵を利用する方法で、害虫に寄生する天敵昆虫を増殖、放飼して駆除する。最近では特定の微生物、ウイルスも天敵として利用されている。土壌病害に対しては病原菌に対する拮抗(きっこう)微生物の利用や、微生物により抵抗性を付与する方法なども開発されつつある。
物理的・機械的防除は、土壌中に生存している病害虫を蒸気で処理して殺すとか、温湯に種子を浸して種子に潜伏している病原菌・害虫を殺すなど熱を利用する方法、誘ガ灯のように光線を利用して害虫を誘殺する方法、ハウスでは紫外線をカットするフィルムを用いて、特定の病害虫の発生を抑制する方法などがある。このほか、最近ではコバルト60によりγ(ガンマ)線を照射して害虫の雄を不妊化して放つと、野外の雌と交尾したとき雌は未受精卵を産むことを利用し、不妊雄を大量に放して防除する方法も開発されている。わが国では小笠原(おがさわら)、南西諸島において、この方法を用い、ミカンコミバエ、ウリミバエの根絶に成功している。いずれにしても、病害虫の防除は、一つの方法だけでは十分でなく、いくつかの方法を組み合わせた総合防除が必要である。
[梶原敏宏]
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