栃ノ木峠(読み)とちのきとうげ

日本歴史地名大系 「栃ノ木峠」の解説

栃ノ木峠
とちのきとうげ

北陸街道(東近江路)板取いたどりよりやな(現滋賀県伊香郡余呉町)を経て木之本きのもと(現同郡木之本町)へ抜ける国境にあり、標高五三八・八メートル。

柴田勝家安土あづち(現滋賀県蒲生郡安土町)への参勤の便を図るため峠を改修したもので、「越前国名蹟考」は「是ヨリ近江中ノ河内ノ辺椿坂マテノ間、古昔ハ深林茂樹、道細ク険隘踰カタキ処ナルヲ、柴田勝家此国ニ封セラレシ時、敦賀郡七里半ヨリ刀禰坂ニ到リ柳ケ瀬ヘ出ルハ、迂濶ナル道筋ニシテ、安土山信長公ヘノ参勤ニ便アラサルヲ以、始テ此山中ノ路ヲ闢シム、天正六年ノ比トカヤ」と記し、また「栃木峠・国境栃木 近江国境、峠茶屋より北の方道の東に栃木あり、是を両国の境とす、茶屋は近江にて、彦根領なり」と峠名の起りを記す。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「栃ノ木峠」の意味・わかりやすい解説

栃ノ木峠
とちのきとうげ

福井県南条(なんじょう)郡南越前町(みなみえちぜんちょう)と滋賀県長浜市(ながはまし)の境にある峠。標高539メートル。柳ヶ瀬(やながせ)断層沿いに北流する日野(ひの)川の支流板取(いたどり)川と南流する姉(あね)川の支流高時(たかとき)川の谷を分け、古く虎杖崩(いたどりくずれ)とよばれた険路があった。越前北庄(きたのしょう)に入った柴田勝家(しばたかついえ)が近江(おうみ)安土(あづち)(滋賀県近江八幡市)への近道にこれを整備し、近世には米原(まいはら)や関ヶ原から北陸に向かう北国街道(ほっこくかいどう)が通じた。明治になって敦賀(つるが)回りの道路(国道8号)や北陸本線の開通でさびれたが、1975年(昭和50)この道が国道365号となり、交通量も増大している。峠にはトチの大木が残り、北に板取、南に中河内(なかのこうち)の峠下集落がある。

[島田正彦]

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改訂新版 世界大百科事典 「栃ノ木峠」の意味・わかりやすい解説

栃ノ木峠 (とちのきとうげ)

滋賀県の最北端,長浜市の旧余呉(よご)町と福井県南条郡南越前町の旧今庄(いまじよう)町との境にある峠。標高539m。滋賀県側は緩傾斜で峠まで耕地が開けているが,福井県側は板取川浸食が激しく深い谷が刻まれている。古来,重要な交通路で,天正(1573-92)のはじめごろ,柴田勝家が峠を改修,越前と近江を結ぶ最短路として利用された。江戸時代には北国路の近江中河内(なかのかわち)宿と越前板取宿の間にあって茶屋も置かれ,旅人や北陸の諸大名の参勤交代でにぎわった。現在は国道365号線が通り,舗装がすすんでいるが,冬季は積雪のためしばしば通行が途絶する。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「栃ノ木峠」の意味・わかりやすい解説

栃ノ木峠
とちノきとうげ

福井県南越前町と滋賀県長浜市の境にある峠。標高 539m。北国街道の峠で,柴田勝家が南方の椿坂峠までの難所を開削させて開いた。かつては北陸地方から近畿地方にいたる交通の要衝。北陸街道の海岸道路開設とともに一時さびれたが,ここを通る国道365号線が舗装され利用者が増えた。

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百科事典マイペディア 「栃ノ木峠」の意味・わかりやすい解説

栃ノ木峠【とちのきとうげ】

福井・滋賀県境にある峠。標高539m。この鞍(あん)部を柳ヶ瀬断層が南北に走る。古くは木ノ芽峠を通る西近江(おうみ)路に対し東近江路と呼ばれ,近江と越前を結ぶ重要な通路であった。1578年柴田勝家が軍道として改修したという。冬季は雪崩による遭難が多かった。北陸本線,敦賀街道の整備に伴い衰微。
→関連項目今庄[町]

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事典・日本の観光資源 「栃ノ木峠」の解説

栃ノ木峠

(滋賀県伊香郡余呉町)
湖国百選 街道編」指定の観光名所。

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